Book Review: ‘8-Bit Reggae’ by Nicolas Nova

* This article is written in both English and Japanese.

Nicolas Nova 8-bit reggae cover

本書のための覚書

この本とも関わりのある、個人的な話から始めることを許してもらいたい。2013年の初め、「C64 Dub Reggae」という名のSIDミュージックのコンピレーションを私は公開した [1]。ゲームボーイでLSDjを使用して制作されたダブステップやブロステップを筆頭として、レゲエ/ダブの流れに属する音楽の要素を用いることが、当時の日本のチップシーンの「目印」であるように思われた(NNNNNNNNNN、TORIENA、MARU303、USK、ajipo、Tappy)。なるほど、レゲエ/ダブを実践するチップミュージックはそれ以前から存在していたが(cow’p、shex)、当時、ある飽和的状態と転機を迎えようとしているかに見えた。

metrodubのような多国籍的なレーベルは、この現象が日本における特殊的な事例ではないことを示していた [2]。デモシーンにおいては2000年代後期、シーナーはダブステップへの関心を示し始めていたが [3]、2012年になると、たとえばこの年のAssemblyで首位を獲得したCarillon & CyberiadのPCデモ「Spacecut」のサウンドトラックでは、この種の音楽は、アンダーグラウンドな嗜好というよりも既に大衆的なアピールのために使われていた。

一方、SIDミュージックにおいても、UKの4-matやドイツのKasmoらが、ダブステップの音楽的翻訳に取り組んでいたことを私は知っていた。前者の「Bad Scene Poets Are Back」(Ate Bit、2009)は、コンピレーションの制作の動機を与えてくれた曲の一つである[4]。

また、このコンピレーションを用意している時(2012年)、レゲエ/ダブを専門に扱う大阪のレコード・ショップCorner Stone Musicのブログで、ドイツのネットレーベルJahtariのオーナー、Disruptから譲り受けたというSID Machineを紹介するNeko Massive(Ruv Bytes)の記事に私は出くわした[5]。彼がチップシーンとは明らかに別のルートでこの流れと接続していることを、興味深く感じると同時に、Quarta 330やutabiのようなミュージシャンにおけるレゲエ/ダブとの接点が、既に狭義のチップミュージックに留まるものではないということを連想した。

そしてこれらのミュージシャンの偉大なる先駆者として、「バルーンファイト」や「レッキングクルー」(いずれも1984年にアーケードで稼働開始、翌年FC版が発売)のサウンドトラックの作者である田中宏和(Hip Tanaka)の存在を無視するわけにはいかなかった。彼はBlip Festivalのようなチップミュージックの大きなイベントにも出演していたのだから。

このように、私の試みは、コモドール64とSIDミュージックという範囲内に留まるものではあったが、その他のプラットフォームあるいは領域との並行性と、チップミュージックのなかに脈打つレゲエ/ダブの系譜に光をあてることを目的としていた。コンピレーションの公開後、思いがけずgoto80とNicolas Novaから反応を受け取り、私はこの問題設定が多少なりとも共有可能なものであることを確信した[6]。だが、先ほども述べたように、これはチップシーンに限られない動向であり、音楽ジャンルの一般的な普及と消費のサイクルには必ずしも当てはまらないものであることが重要だった。

* * *

「8-bit reggae」というのが、Nicolas Novaが本書のなかでこの「流れ」に名付けた呼称であり、概念である。彼のケース・スタディにおいて、私が特記に値すると考える点をいくつかあげよう。

8-Bit Reggae――レゲエとヴィデオゲーム・テクノロジーのブリコラージュ

「8-bit reggae」とは、著者の言葉に従えば、レゲエとヴィデオゲームの「交配」(hybridization)である。私の見るところでは、これは文化的横領(appropriation)や搾取(exploitation)の側面を強調しないために慎重に選ばれた、特定の相互作用を指し示す用語である。ヴィデオゲームに関しては、1970年代後期から90年代にかけて登場したアーケード、家庭用ゲーム機、ホーム・コンピュータと各々のソフトウェア・タイトルがこの音楽の主な形成基盤である。本書はPart 2でその発展を跡づけている(ファミコン、コモドール64、ゲームボーイ等)。だが、この用語の含意する範囲はもっと広い。

「8-bit reggae」という語は極めて一体的、均質的に響くけれども、チップ・ミュージック(年代物のコンピュータ、ヴィデオゲーム・コンソール、アーケード・マシンのサウンド・チップによって作り出される、またはエミュレートされるシンセサイズド・エレクトロニック・ミュージック)、奇妙なサンプルをトリガするためにC64コンピュータを使用するサウンド・システム、あるいはちゃんとした楽器を用いる代わりに、ベース・ラインを作り出すためにゲームボーイを時折用いるレゲエ‐ダブ・バンド等、ここでは多種多様なサブ・ジャンル及びプロダクションの類型を含む包括的用語として私はこの言葉を用いる。「8-bit reggae」が必ずしもミュージシャン、プロデューサー、熱烈なファンによって使用される唯一の用語ではないことを付け加えなければならないが、しかしかなり適切であるように見える。ともあれ、私たちはある一般的概念を必要としている[7]。

ヴィデオゲームとレゲエとの出会いは、80年代中期、「バルーンファイト」においてスライ&ロビーによって作り出されるリズムの音楽的翻訳に駆り立てられた、田中宏和の仕事を嚆矢とする。西洋においては、The Secret of Monkey Island 1&2(1990/91)がそれに続く。Disruptのような人物にとっては、後者こそレゲエとの出会いを用意した作品にほかならない。

私たちは今や、過去のゲーム機やコンピュータを使って、レゲエ/ダブに取り組むことができる。その結果生まれたもの、つまり典型的なチップミュージックの実践も8-bit reggaeに含まれる。

Novaはさらにこの実践の多様性をできる限り汲み取ろうとする。誤解を恐れずに言えば、それは事物の転用の可能性を強調することに繋がっている。たとえば、『スーパーマリオブラザーズ』を特徴付けるジャンプやパワーアップのSEは、ファミコンという固有のプラットフォームを越えて再利用されることがある。また、ヴィデオゲームがレゲエに関わる人たちインスピレーションを与えることもある。Roots Radicsを従えたScientistの「Scientist Meets the Space Invaders」(1981)、「Scientist Encounters Pac-Man」(1982)はその好例である。ここでは、影響はイメージのレヴェルで見出される。これらのLPのスリーヴ・デザイナー、Tony McDermottは次のように証言する[8]。

「僕たちは世界で何か起こっていたのか、今まさに白熱しているものとは何かを考えていたところ、「スペースインベーダー」に思い当たったんだ。「スペースインベーダー」はこの国のパブにやって来たばかりで、ヴィデオゲーム時代の幕開けだった。かなり風変りなものだと感じたものだから、僕たちはそれに付いていくことにした。「Scientist Meets the Space Invaders」は、僕たちが語ったテーマのうち一番最初のものだ。「お題目を選んで、それを利用できるかどうか見てみよう」っていうね」[8]。

1981_Scientist-Scientist_meets_the_Space_Invaders

Scientist Meets the Space Invaders (Gleensleeves Records, 1981) by Scientist. The sleeve design by Tony McDermott. The image is taken from the site of Greensleeves Records. http://greensleevesrecords.blogspot.jp/2009/02/art-and-culture-of-jamaica-42-reggae.html

このように、少なからずエキゾチシズムは「トラヴェリング・カルチャー」としてのレゲエの駆動力になってきたし[9]、この挑戦と遊び心のアティテュードは8-bit reggaeにも存在する。ヴィデオゲームの文脈からサウンドが遊離することもあるし、特定のヴィデオゲームと不可分なイメージが音楽制作に作用することもある。その逆もまた然り。交配の過程でレゲエの歴史的文脈や因習は薄れてしまうこともあるし、あるいは抜け落ちてしまうことすらある。Novaはこうした作用を必ずしも否定的に捉えていないように思われる。

(…)レゲエの非音楽的な因習について考えてみると、8-bitコンポーザーたちはこのジャンルの語彙的領域とジャマイカ人によって作り出された宗教的内容から距離を置いているように見える。ギグやトラックの名前に時折レゲエやラスタのスラングが使われることもあるが、それらは忠実な文化的参照というよりも、ギミックとして用いられている。これはおそらく、ミュージシャンたちのエスニシティに依るものだろう。8-bit reggaeの聴衆は、時にはアジアの人間であることもあるが、大半は西洋の人間である。レゲエの社会的・政治的起源を考えることなく、ジャマイカ文化との関連性がほとんど音楽に限定されている人々である[10]。

このような雑多なアッサンブラージュの構成要素を、著者は「文化的要素」(Zimmermann)と[11]、そのあり方を「ブリコラージュ」(Lévi-Strauss)と呼ぶ[12]。

チップミュージックの地政学的転回――ブラック・ミュージックを喚起すること

チップミュージックあるいはMODミュージックに関わる人たちによって、ブラック・カルチャーが根本的に問われることは稀であった。デモシーンにおいても、グラフィティやオールドスクールという慣用語はヒップ・ホップへの参照を隠していないにもかかわらず、その営為のルーツそのものは、通常隠されているかのようなのだ。

チップシーンやデモシーンのミュージシャンたちが自らの音楽制作に関して、ブラック・ミュージックに全く無関心ということはない。だが、プロダクションという観点からすると、ヒップ・ホップやハウス、テクノのような音楽ジャンルと比較した場合、明確なエスニシティの傾向が存在する。著者がデモシーンやチップシーンでなかなか掘り下げられることのない文脈を喚起しているのは、貴重な問題提起だと考える。彼の論旨を敷衍するなら、オーディエンスのエスニシティだけでなく、アフリカ・バンバータやデリック・メイ、ボブ・マーリーのような、アイコンとなるブラック・ミュージシャンのチップミュージックにおける決定的な不在は、もっと顧みられてもよい点だ。

チップ・ミュージックの短い歴史は、ハードウェアとソフトウェアに興味を集中している。音楽ジャンルの観点から見るなら、一定数のスタイルが生まれた。大部分はクラシック曲やポップ/ロック・ソングのカヴァーであった。しかしAnders Carlssonのようなチップ・ミュージック研究者が力説するように、チップ・ワールドでは間違いなく「ブラック・ミュージック」の欠如が存在していた。確かに、ポップ・ロックに対してジャズ、ヒップ・ホップ、ソウルはほとんど存在しない。1990年代半ばまでに生み出されたトラックのほとんどを聴いてみるなら、焦点となっているのはリズムではなく、むしろメロディとハーモニーにあった[ことが分かるだろう][13]。

ここで「カヴァー」というのが、カヴァー・ソングを指し示しているとしたら、この意見はやや適切さを欠いているかもしれない。多くのカヴァーを超えるさらに膨大なオリジナル曲が、西洋のチップミュージックの主流であったと私は見る。だが、繰り返すが著者の問題意識は正当である。Up RoughやMelon Dezignのような少数のグループは、デモシーンのプロダクションに見られるこうした文化的偏重に対するカウンターの役割を、ある程度まで担ってきたと言えるだろう。私としては、DRAX、Aleksi Eeben、willbe、Tempest、Abaddon、Reedのようなデモシーン/チップミュージシャンを、あるいはRussell Lieblichのようなヴィデオゲーム・コンポーザーをそこに加えてみたい。

急いで付け加えなければならないが、Novaは8-bit reggaeを、「ホワイト・ブルーズ」や「ブルー・アイド・ソウル」の現代版として提示しているのではない。Paul Gilroyの理論を援用しつつ、むしろ彼は一種の地政学的転回を行う。

ジャマイカを飛び出したレゲエ/ダブの散種は、西洋世界に帰属したアフリカン・ディアスポラのネットワークの間の文化的循環、「ブラック・アトランティック(黒い大西洋)」とPaul Gilroyが呼んだものの一端として見られることがある。諸々の複合的な交換を示すために、十字に交差した大西洋のイメージをGilroyは用いる。太平洋を横断する奴隷制度、メロディ、本国送還の夢、ドラムのリズム、恐怖、移民、等々。彼にとって、「ブラック・アトランティック」は文化的な組み換えと循環の重要性を主張するものである……このことは、カリブ海の島から抜け出したレゲエによって獲得された、革新的な派生物と新たな音楽的特徴について、私たちに問うよう仕向ける[14]。

転移するレゲエのモード――文化的要素の転用

著者はレゲエ/ダブとヴィデオゲーム・テクノロジーの近しさが、単なる偶然ではなく、各々の本質の相同性に由来すると考えているように思われる。積極的に転移することで活性化するこの本質とは何か。哲学的な用語に従えば、8-bit reggaeはファッション(流行)の一類型ではなく、むしろモード(様態)として把握されるものである。後に述べるように、当事者であるミュージシャンはしばしば、この類似性を見抜いている。本書はこの直観を歴史的に検証しようとする類稀な努力にほかならない。

(…)これらの文化的要素はますますその他の場所に伝達され、その過程のなかで変更を加えられ、その他の領域の文化的要素と交配されるようになった。まずもってUKにおいて[15]。

私にとっても、レゲエ/ダブはまず、UKのミュージシャンによって変更を加えられた/変化させられた形態を通して知ったものだった(Scritti Polittiの『ソングス・トゥ・リメンバー』『キューピッド&サイケ85』やThe Clashの『サンディニスタ!』)。レゲエの形成と諸々の音楽的展開を跡づけたPart 1は、私たちの身の回りに存在するレゲエへのルート/レゲエのルーツを発見させずにはおかない、優れた記述である。

奴隷制度によってアフリカから強制移住させられたジャマイカの人々は、プランテーションで入手可能なものからアフリカの楽器を再作成した(recreated)。しかし彼らが植民地支配のもとで音楽的活動を享楽することは許されず、支配者たちによって、ヨーロッパ音楽の習練を課せられた。ここで既にブリコラージュと交配が起こっている。1940年代以降、R&Bがアメリカ合衆国から伝来すると、音楽の受容がいよいよ成熟し始め、集団的な音楽経験のためにサウンド・システムの発明が技術的に必要とされた。こうしたなかで、一台のターンテーブルと声だけを使ってレコードを回すオペレーター、通称「セレクター」という専門的職業が登場した。同じ頃、レコーディング・スタジオが設立され始める。そして1962年の英本国からの独立に向けて、セレクターの音楽制作への欲求とジャマイカ独自の音楽への要求が高まっていった。このようにして、スカ、ロック・ステディ、そしてレゲエが誕生した。これらはみな、当初は植民地支配という条件から、形を変えつつ生き延びた柔軟性を持った音楽的形態である。ジャンルとしては多様であはるが、共通のモードを持っている。ダブもまた、この柔軟性、流動性によって生み出されたものだ。この用語はそもそも、ダブ・プレートという、一般発売前にセレクターがサウンド・システムのために用いていた、特殊なレコードに由来している。

その当時、音楽は、一つはヴォーカル用、もう一つには後のバンド用、というふうに二つのトラックに録音されていた。スタジオ・エンジニアは完全な一曲を制作するために、二つのトラックのミックスを行う。興味深いことに、「Supreme Ruler of Sound」[サウンド・システムの名称]のセレクター、Rudolph “Ruddy” Redwoodは偶然にもこの機能が別様にも用いられる可能性があることを発見した。1967年、彼はThe Paragonsのヒット曲「On The Beach」の一回限りのダブ・プレートをカットするために、Duke ReidのTreasure Isleスタジオに赴いた。ふとしたことからスタジオ・エンジニアのByron Smithがその曲のヴォーカル・トラックをはぎ取って、トラックのベースを上げた(amped up)。聴き直してみて、単に土台となるトラックそのものが持っているエフェクトを気に入ったSmithは、彼のトースター[MC]のWassyと一緒に、自分のサウンド・システムでそれをかけてみた。ダンスホールの聴衆は沸き立ち、インストゥルメンタルにかぶせてヴォーカル・トラックの歌詞を歌い始めた[16]。

見ての通り、これはリミックス行為の先駆である。世界中のDJの間では当然の技術になったフェイダーを用いたスムースな曲のミックスもまた、ジャマイカの伝説的なエンジニアOsbourne “King Tubby” Ruddockの電子工学に関する知識によって編み出されたテクノロジー/技芸(art)である[17]。

彼らは与えられた条件のもとで何か新しいものを作ろうとしてきた。この姿勢は一つの倫理になり得る。たとえばJahtariからリリースされる音楽が、しばしばトラッカーを使用して制作されるようなチップミュージックという枠組みからは外れるかもしれないが、8-bit reggaeにほかならない点も、この姿勢の維持にある。Disruptは次のように語っている。

「ラップトップは素晴らしい機械だが、一つ本質的なことを逸している――そこにある全てのつまみに、実際には触れることができないという点だ」とDisruptは語る。さらにこのように説明を続ける。「私はemailにしか使わないコンピュータとマウスを追い払ってしまおうと試みている。画面とにらめっこして音楽を作るんじゃない。耳を使って音楽を作るんだ。だから僕たちは旧式のアナログ・シンセやモジュラー・システム、ドラム・マシン、ゲームボーイを使い続けてきたし、中古のコモドールやサウンドブラスターのチップから独自のシンセを組み立てている」[18]。

ミュージシャンやエンジニアの使用する楽器、機材は異なっていはいるが、彼らの営為はジャマイカの音楽的発明のプロセスを自覚的に反復している。私たちはそれを概してDIYと呼ぶこともできるが、「ルーツとルート」(Gilroy)を備えた、制約を糧にした歴史的なDIYである。

この場における私の要点は、奥深い技術的な詳細に立ち入ることではなく、1980年代の機械がいかにミュージシャンたちに制約と戯れることを余儀なくさせ、ひいてはそのプロセスのなかで新しい何かを生み出させているのかということにある。ある雑誌のインタヴューでNaff Nattyは次のように語っていた。「レゲエの歴史を通じて、ダバーたち(Dubbers)は一定の貧しさによる制約を受けてきた――何であれ手にするほかない安っぽい道具を使って、彼らは限界を押し広げ、摩訶不思議な音を作り出してきた。今日になっても、私たちの誰もが[同じような]制限を課せられているというわけではないが、8-bitはそのヴァイブに忠実であり続けていると私は考える。それはひとつの制約であり、そして諸々の制約は役に立つ」[19]。

たとえば私が著者のリサーチのために聴き取りを行ったDJマスター航太(Cafe la Siestaのオーナー)はまさにこのヴァイヴに忠実なミュージシャンだと私は考える。

「ダンスホールレゲエ、ダブの制作プロセスがハードウェアやコンピュータを使った打ち込み音楽の源流となっていると考えるミュージシャンは多いですが、僕もその通りだと思います」[20]。

レゲエとヴィデオゲーム・テクノロジーは、その生き残り方において似ている。たとえそれらから派生したものの名前が変わることはあっても、この転移するモードは持続するだろう。

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本書のケース・スタディのために取材を受けたDubmoodによるチップミュージックの五つの世代は、この音楽に関する簡にして要を得た説明足り得ているし、goto80の言葉は、あまり明らかにされることのないSIDミュージックの制作プロセスを丹念にたどっている。これらの貴重な知見を見過ごすわけにはいくまい。Étienne MineurとJulie Chane-Hiveによるエディトリアル・デザインも見事で、上品さを損なうことなく本文のポップ化に成功している。Nicolas Novaの『8-Bit Reggae』は下記のサイトで購入可能である(記事末尾参照)。

Memorandum for the Book

Let me allow to start with a personal story concerning this book. At the beginning of 2013, I released a SID music compilation titled C64 Dub Reggae [1]. Commencing with dubstep and brostep songs made with LSDj on the Game Boy, it seemed that the use of elements of music belonging to branches of reggae/dub was a “mark” in Japanese chip scene at that time (e.g. NNNNNNNNNN, TORIENA, MARU303, USK, ajipo, Tappy). It is true that some musicians have practiced reggae/dub before that (e.g. cow’p, shex). But it appeared that the trend was reaching a saturated state and coming crisis.

Multinational labels such as metrodub showed that this phenomenon was not an unusual case limited to Japan [2]. In the demoscene, sceners began to be interested in dubstep in the late 2000s [3], but in 2013, for example concerning the soundtrack of Carillon & Cyberiad’s PC demo named Spacecut which took 1st place in Assembly in this year, this kind of music was obviously used for general-interest appeal rather than a taste in underground.

On the other hand, I knew that English 4-mat, German Kasmo, and others had worked with musical translation of dubstep in SID music. Bad Scene Poets Are Back (Ate Bit, 2009) by 4-mat was one of songs which gave me cause to make the SID compilation [4].

Also, when preparing it (2012), I found an article written by Neko Massive aka Ruv Bytes, which dealt with an introduction to SID Machine which he took over from Disrupt, the owner of German netlabel Jahtari [5]. I though it interesting that he connected to this trend clearly different from the chip scene, and associated it with the thing that their touch point with reggae/dub was not already exclusive to narrow-defined chipmusic for musicians such as Quarta 330 and utabi as well.

And I couldn’t afford to ignore Hirokazu Tanaka aka Hip Tanaka who created the soundtracks of Balloon Fight and Wrecking Crew (both arcade versions began to run in 1984 and were ported to Famicom/NES in the next year) as a great pioneer of these musicians. Because he really had performed at large-scale events related to chipmusic like Blip Festival then.

As seen above, even though my attempt was within Commodore 64 and SID music, it intended to highlight the parallel with other platforms or territories and a genealogy of reggae/dub through chipmusic. After the compilation was released, I unexpectedly got reactions from goto80 and Nicolas Nova, so I believed that this problematic could be shared with others to some extent [6]. As mentioned above, it was important that this current was not only limited to the chip scene and that it didn’t necessarily fit into the common circulation of diffusion and consumption about a musical genre.

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“8-bit reggae” is the name and concept that Nicolas Nova calls this “current” in the book. From now on, I take a look at some notable points in his case study.

8-Bit Reggae: Bricolage between Reggae and Video Game Technology

According to the author, “8-bit reggae” is “hybridization” between reggae and video game. In my opinion, this term which shows certain interaction was carefully chosen not to emphasize aspects of cultural appropriation and exploitation. As for video games, main formative foundation of this music is arcade machines, home consoles, home computers, and software titles on each hardware from the late 1970 to the 90s. The book traces the development in Part 2 (i.e. Famicom/NES, Commodore 64, Game Boy, and so on). But this term covers wider range of things.

Even though “8-bit reggae” sounds very cohesive and homogeneous, I use it here as umbrella term that covers a large variety of sub-genres and types of productions: chip music (synthesized electronic music produced or emulated by the sound chips of vintage computers, video game consoles, and arcade machines), sound systems that use C64 computers to trigger weird samples, or reggae-dub bands that occasionally employ a Game Boy to generate bass lines instead of using a proper instrument. I must add that “8-bit reggae” is not necessarily the only term employed by musicians, producers and aficionados but it looks rather good and, we need a general concept anyway [7].

The first encounter between video game and reggae is the work by Hirokazu Tanaka who was driven by musical translation of rhythm produced by Sly and Robbie for the soundtrack of Balloon Fight in the middle 80s. After that The Secret of Monkey Island episode 1 and 2 (1990/91) in the West. For Disrupt, the latter is exactly a work which prepared him for meeting reggae.

We can work with reggae/dub by using part game consoles and computers at present. The results, or typical practices of chipmusic are also included in 8-bit reggae.

Moreover, Nova tries to grasp the diversity of this practice as possible. At the risk of being misunderstood, I think that it leads to highlight the possibility of displacement of things. For example, sounds effects characterize Super Mario Bros. when Mario jumps or eats mushrooms can be reused beyond Famicom/NES as a proper platform. Also video games can supply inspiration to the persons connected to reggae. Scientist’s LPs titled Scientist Meets the Space Invaders (1981) and Scientist Encounters Pac-Man (1982) accompanied with Roots Radics are fine examples for this. In this case, the influence can be found in the level of image. Tony McDermott, the sleeve designer of the two LPs, explains:

we’d be trying to think of what was happening in the world, what were the current fads, and we came up with Space Invaders. Space Invaders had just arrived in pubs in this country, the start of the video-game era, and we thought that was pretty wacky so we went with that. Scientist Meets the Space Invaders was the fiirst of the themes where we said, “Let’s choose a subject and see if we can work it. [8]”

In no small way, exoticism has played a driving power of reggae as a “travelling culture” in this way [9], and this attitude of challenge and playful mind exists also in 8-bit reggae. Sounds could become detached from contexts of video games, or images indivisibly united with certain video games could affect making music. The opposite is true. The historical contexts and baggage of reggae can become dim or even get lost in the process of hybridization. It seems that Nova doesn’t necessarily see the work as negative.

[..] concerning the non-musical baggage of reggae, 8-bit composers seem to distance themselves from the lexical field of the genre, and from the religious content produced by Jamaicans. Reggae and Rasta slang are sometimes used in gigs and track names, but they’re more employed as a gimmick than a truly cultural reference. This might be because of the ethnicity of the musicians: most of the 8-bit reggae crowd is made of Western, and sometimes Asian, peeps whose relationship with Jamaican culture is mostly limited to music, regardless of the social and political origin of reggae [10].

The author calls parts of these miscellaneous “cultural elements” (Zimmermann) [11], and the ways “bricolage” (Lévi-Strauss) [12].

Geopolitical Turn of Chipmusic: To Awaken Black Music

It has been rare that black cultures are radically questioned by people involved in chipmusic or MOD music. In the demoscene, although idioms such as graffiti and oldskool there don’t hide reference to hip-hop, the roots of their work are usually hidden as such.

This does not mean that musicians in the chip scene and demoscene are not interested in black music at all. But in terms of their productions, there is distinct tendency of ethnicity, compared to other music genres such as hip-hop, house, and techno. I think it is precious problem presentation that the author awakens contexts which are not much dug into in the demoscene and chip scene. Amplifying his theme, we should probably reflect absolute absence of iconic black musicians like Afrika Bambaataa, Derrick May, Bob Marley, etc. as well as the ethnicity of audience in chipmusic.

The brief history of chip music highlights the importance of hardware and software. In terms of musical genres, a certain number of styles were produced, mostly covers of classical music and pop/rock songs. However, as emphasized by music researchers such as Anders Carlsson, there was definitely a lack of “black music” in the chip world. There is indeed little jazz, hip-hop and soul, as opposed to pop-rock. If you listen to most of the tracks produced until the mid-1990s, the focus was rather on melody and harmony as opposed to rhythm [13].

If “covers” here indicate so-called cover songs, this opinion may be slightly inadequate. I think that mainstream of Western chipmusic is huge numbers of original songs more than a lot of covers. Once again, the author’s concerns are reasonable. We would say that a few groups like Up Rough and Melon Dezign have played an opposed role against cultural bias seen in the demoscene productions to some extent. For my own part, I’d like to add demoscene/chipmusicians such as DRAX, Aleksi Eeben, willbe, Tempest, Abaddon, and Reed, or Russell Lieblich, a video game composer there.

Immediately I must add that Nova does not present 8-bit reggae as a modern version of “White Blues” and “Blue-Eyed Soul.” He rather does a sort of geopolitical turn, employing Paul Gilroy’s theory.

The dissemination of reggae/dub out of Jamaica can be seen as part of what Paul Gilroy called the “Black Atlantic”, the cultural circulation among the networks of the African Diaspora back into the Western world. Gilroy uses this image of a criss-crossed Atlantic ocean to denote a complex set of exchanges: transatlantic slavery, melodies, dreams of repatriation, drum rhythms, fear, immigration, etc. For him, the “Black Atlantic” insists on the importance of cultural recombination and circulation… which leads us to wonder about the innovative derivations and new musical traits acquired by reggae out of the Caribbean island [14].

Transferring Mode of Reggae: Displacement of Cultural Elements

It seems that the author thinks closeness between reggae/dub and video game technology comes from every homology of essence, not just coincidence. What is this essence which becomes activate by transferring positively? According to philosophical terminology, 8-bit reggae is understood as a mode, not as a type of fashion. As I discuss later, musicians concerned often see through this analogy. The book is nothing but extraordinary efforts to verify this intuition historically.

[..] these cultural elements were increasingly transmitted to other places, were modified in the process, and became hybridized with other cultural elements from other territories; and first of all, in the UK [15].

For me, I knew reggae/dub through forms modified/mutated by British musicians at first (e.g. Songs to Remember and Cupid & Psyche 85 by Scritti Politti, and Sandinista! by The Clash). Part 1 of the book which traces formation of reggae and various musical development is brilliant description can’t help but finding routes to/roots of reggae around us.

Jamaican people who had been forced to move to Caribbean islands from Africa for slavery recreated African instruments from available materials at plantations. But they were not allowed to enjoy their musical activity under colonial rule, and then they were imposed on training of European music by their masters. Bricolage and hybridization had already happened here. After 1940, R&B was introduced from United States of America, and then their reception of music eventually began to mature and the invention of sound system was technically required for collective musical experience. Given the circumstances, an operator who spin records by using one turntable and his voice, a profession who was commonly-called a “selector” appeared. Just around the same time, recording studios began to be founded. And later selectors’ desire for making their own music and need for Jamaica’s own music had become increased towards independence from Britain in 1962. Thus ska, rock steady, and reggae were born. They are all musical forms with flexibility, which has survived under the condition of colonial rule at first, changing their shapes. They are divers as genres, but share common mode. Dub was also invented due to this flexibility, or fluidity. Originally, this term derives from particular record called dub plate which was used by selectors for their sound system before public release.

At that time, music was recorded on two tracks: the vocal on one and the rest of the band on the other. The studio engineer would then mix the two to create the full song. Interestingly, the selector of Supreme Ruler of Sound, Rudolph “Ruddy” Redwood, accidentally discovered that this feature could be used differently. In 1967, he went to Duke Reid’s Treasure Isle studio to cut a one-off dub plate of The Paragons hit “On The Beach”. The studio engineer, Byron Smith, inadvertently stripped a song of its vocal track, and amped up the bass of the track. On listening back, Smith liked the effect of just having the bed track by itself and played it on his sound system with his toaster, Wassy. People in the dancehall became so excited that they began to sing the lyrics of the vocal track over the instrumental [16].

As you can see, this is the pioneer work of remix activity. Also to mix songs smoothly by using faders is known as common technique among DJs around the world. It was an invention/a technology created by Jamaican legendary engineer Osbourne “King Tubby” Ruddock’s knowledge of electronics [17].

They have tried to make something new under given conditions. This attitude can be an ethic. For example, music released form Jahtari often deviates from the framework of chipmusic made with music trackers, however, they are also nothing less than 8-bit reggae because of sustaining this attitude. Disrupt discusses:

a laptop is a great machine, but it’s missing one essential thing – you can’t really touch all knobs there,” says Disrupt, explain further: “I try to get rid of the computer and the mouse, it’s for doing emails, you don’t make music with your eyes looking at screen, you make music with your ears. That’s why we’ve now started to use old school analogue synths, modular systems, drum machines, filters, Game Boys and also build our own synths from old Commodore or Soundblaster chips [18].”

Instruments and equipment which musicians and engineers use are different, however, their work consciously iterates the process of musical invention by Jamaican. We can call it DIY in general, but it is historical DIY which thrives on limitations with “roots and routes” (Gilroy).

My point here is less to enter into deep technological details than to highlight how the machines from the 1980s forced musicians to play with restrictions, and eventually produce something new in the process. In a magazine interview, Naff Natty explained that “Dubbers throughout the history of reggae have been restricted through a certain amount of poverty – they’ve pushed boundaries and created magical sounds with whatever cheap gear they had to hand. Now I’m not saying that any of us are so restricted nowadays, but I think 8-bit stays true to that vibe. It’s a limitation, and limitations are useful [19].”

For example, I think that DJ MasterKOHTA (the owner of Cafe la Siesta) who I conducted an e-mail interview for the author’s research is surely a musician remains true to that vibe.

Many musicians think production process of Dancehall and Dub is the source of programming music on computers or hardware stuff [20].”

Reggae and video game technology is analogous regarding its way of surviving. Even though the names of the derivations change, its transferring mode would be constant.

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Five different generations of chipmusic explained by Dubmood for the case study of this book is enough simple and precise about the music and goto80 also explains his process of making music with SID in a careful manner. You shouldn’t miss these notable knowledge. Editorial design by Étienne Mineur and Julie Chane-Hive is neat, so it makes the body text pop well without losing daintiness. Nicolas Nova’s 8-Bit Reggae is available at the site below.

Notes

[1] https://akaobi.wordpress.com/2013/01/17/sid-compilation-c64-dub-reggae/
[2] https://soundcloud.com/metrodub
[3] Any Demos using dubstep influenced music? | pouet.net BBS:
http://www.pouet.net/topic.php?which=5829
[4] http://csdb.dk/release/?id=82790
[5] http://csmusic.jp/blog/life/sid-machine
[6] Reggae & Dub – Any Good Examples? | CSDb User Forums:
http://csdb.dk/forums/index.php?roomid=14&topicid=95472
[7] Nicolas Nova: 8-Bit Reggae: Collision and Creolization. Editions Volumiques, Paris 2014, pp.15-16.
[8] Ibid., p.43.
[9] Ibid., p.16.
[10] Ibid., p.75.
[11] Ibid., p.38.
[12] Ibid., p.87.
[13] Ibid., p.65.
[14] Ibid., p.41.
[15] Ibid., p.38.
[16] Ibid., pp.33-34.
[17] Ibid., p.34.
[18] Ibid., p.78.
[19] Ibid., p.89.
[20] Ibid., p.82.

Thanks to: Nicolas Nova and DJ MasterKOHTA

8-Bit Reggae: Collision and Creolization (english version)
By Nicolas Nova
112 pp. éditions volumiques. €16.00
http://volumique.com/shopv2/product/8-bit-reggae-collision-and-creolization/ (書籍の購入が可能な出版社のページ)

「Nicolas Novaは研究者、民族誌学者、「近未来研究所」(Near Future Laboratory)の共同設立者。ジュネーヴ芸術デザイン大学(HEAD-Genève)で教授を務める」。(裏表紙より引用)

“Nicolas Nova is a researcher, ethnographer, and co-founder of the Near Future Laboratory, and Professor at the Geneva University of Arts and Design (HEAD-Genève).” [quoted from the back cover]

Other Introductions

New book about 8-bit reggae | pasta and vinegar

8-bit reggae: an interview with @goto80 | pasta and vinegar

8-BIT REGGAE: COLLISION AND CREOLIZATION | WellWellSounds

8-Bit Reggae Book | GOTO80

Digital mystics: the strange story of the 8-bit reggae underground | FACT Magazine

2 Comments

Filed under english, review

2 responses to “Book Review: ‘8-Bit Reggae’ by Nicolas Nova

  1. Pingback: Digital mystics: the strange story of the 8-bit reggae underground – FACT Magazine: Music News, New Music.

  2. Pingback: The strange story of the 8-bit reggae underground - Natty Fiyah

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