Musicroutine as Substructure of Chipmusic

* This article is written both in English and Japanese. Please scroll down to read the English version.

KIRA KIRA STAR NIGHT (2013) uses a notable MML-based music library for native NES games: NSD.Lib coded by S.W. Original soundtrack composed by Bun, Robokabuto, Tappy, and hally.

この小文は、Cadaverの”Building a musicroutine”(「ミュージックルーチンの構築」)の翻訳経験をもとに執筆されました。
次のURLより、Cadaverのテキストの翻訳を読むことができます。

This tiny text was originated from my experience of translating Cadaver’s “Building a musicroutine” into Japanese.
The translation is here:

Building a musicroutine by Cadaver (Japanese translation, PDF format)

チップミュージックの下部構造としてのミュージックルーチン

Cadaverが”Building a musicroutine”で述べているように、この30年間、コモドール64では数多くのミュージック・エディタとミュージックルーチンが開発されてきました。ヴァージョン違いを除いても優に100を超えるエディタ(ここでは商業リリースをのぞく)と、約300のミュージックルーチンが存在します。[1] それらの制作期間は、大きく二つに分けることができます。

ミュージックルーチンの民主化

まずそれらははじめに、1980年代、商業ゲーム開発の領野で意欲的に開発されました。西欧における「ゲーム・サウンド」の発生――起源とはいいません――の一つは、コモドール64に求めることができます。

この時代のコンポーザーは、しばしばサウンド・プログラマの区別がつきません。営利目的で利用可能かつゲームで使用可能なレディメイドのミュージック・エディタがなかったので、各ソフトウェア・ハウスあるいはゲームをパブリッシャーに売り込もうと企む個人は、アセンブラ等を使って直に「打ち込む」のが一般的でした。一例をあげると、Martin GalwayはZeus 64というアセンブラで、David Whittakerに至っては機械語モニタで音楽制作をしていました。これは日本のゲーム業界でも類似した例を見出せる歴史的過程です。今日では、Paul Hughes(元Ocean Software)やStephen Ruddy(元Software Creations)といったプログラマの公開しているミュージック・ドライバを通じて、当時の開発環境の一端を知ることができます。[2] また最近ではDavid Thiel(元Action Graphics)が、C64ゲーム用にThe David Dwyer Thiel Sound System(DDTSS)というサウンド・システムを用いていたことを、インタヴューで明らかにしました。[3]

また、ミュージックルーチンそのものの構築も手探りでした。ゲーム開発が熟していない黎明期においてはBASICによる演奏もめずらしくありませんでした。というより、BGMやSEさえ乏しい、あるいは全く欠けたゲームが「ふつう」だったのです。

1980年代中期、この流れを決定的に変える二つの要因が現れます。一つは、Rob Hubbardのミュージックルーチンのです。彼によって、1チップ・シンセサイザーとしてのSIDの特性を活かし、ゲームへの組込を前提とした設計(低ラスタータイム、サウンド・エフェクトの割り込み、明確なノーテーション等々)と更には音楽的野心まで全て実現した、ミュージックルーチンのスタンダードな構築が提示されました。「パターン」によるトラック・メイキングを軸に据えたそのドライバの仕様は、1994年、Anthony McSweeneyの”Rob Hubbard’s Music”で明らかになりました。[4]

また、彼の「作品」により、ゲームのなかの特別な対象たる「ゲーム・ミュージック」の意義が見出されました。
彼がコモドール64用のゲームに音楽制作を行っていた当時(1984~1989年)から、彼のルーチンはゲーム・プレイヤー/リスナーにハッキングされ、「アマチュア」による音楽制作の新たな可能性を開きました。このミュージックルーチンの重大さを、SID Media LabではThomas E. Petersen(Laxity)やNeil Baldwinの発言を通じて確認してきました。[5][6] 既存のミュージックルーチンのハッキング‐改良-新たなミュージックルーチンの構築-更なる改良――こうした手順を踏んで実現された音楽制作のデモクラタイゼーション(民主化)が、第二の期間の始まりを意味します。

二つ目の要因、それはミュージック・トラッカーの誕生です。1986年、ドイツのChris Hülsbeckが自身の音楽制作のためにプログラムしたSoundmonitorがコンピュータ雑誌に掲載されました。このプログラムは、今日ではトラッカーないしはミュージック・トラッカーの草分けだといわれています。翌年にはKarsten ObarskiのUltimate SoundtrackerがAmigaシーンに登場し、忽ち人気を集めました(元々は商業リリースでしたが、ソースコードが流出したため、多くのヴァージョンが「フリーウェア」としてリリースされました)。これによって、既に音楽ツールがあったとはいえ、万人にとって利用可能・改変可能なミュージック・エディタとその特殊なインターフェイスの重要性が認識されるようになりました(ちなみに、GoatTrackerはオープンソースのプロジェクトです)。これ以降、C64シーンでは、トラッカーの利用だけでなく、トラッカーの開発(Soundmonitorの変種含む)が活気を呈しました。このデモクラタイゼーションによって、数多くのアマチュア・コンポーザーが現れました。C64シーン以外でも確認可能な現象です。

(もっとも、トラッカー以外のツールとして見逃せないものもあります。たとえば、Master Composer、Music Assembler、Electrosound――ここでは単にC64シーンにおける音楽制作ツールが必ずしもトラッカーではない、ということを確認するにとどめておきます)

デモシーンとゲーム業界双方で活躍したオランダのミュージック・グループManiacs of Noiseは、自分たちがデモ制作とゲーム開発に用いたトラッカー、Future Composerをリリースし、今日では「オールドスクール」と呼ばれるタイプのサウンドが当時世に溢れました。こう言ってよければ、一時期彼らのミュージックルーチンは、SIDミュージックのある種の「パラダイム」でした。

ミュージックルーチンのコンテクスト

この二つの要因を受けて、ミュージックルーチンとトラッカーを主としたミュージック・エディタは洗練を重ねました。トラッカーの有用性が単に向上しただけでなく、乱暴に言ってしまえば、90年代には80年代では実現不可能な、2000年代には90年代では実現不可能なタイプのサウンドを聴けるようになりました。

また、この展開の上では単に高機能・多機能が目指されただけでなく、Cadaverが述べているように、スピードやメモリ消費も重視していたのを忘れてはなりません――SIDミュージックが、リップされしばしばデモやクラック・イントロに流用されるが、一つの用途なのを、今私たちは思いだす必要があります。Soundmonitorはこの要求を満たすツールではありませんでした。このベクトルの先端的な例として、Geir TjeltaMacro Player (2009)を、あるいはlftAir on a Rasterline(2013)とこのリリースのアイデアにインスパイアされたHermit1raster-tracker(2013)を挙げることができます。これらの試みは、単に「良い音」を求める姿勢とは異なる、デモシーンのアティテュードの一つ――最小の美学――に由来します。

C64から少し離れてみましょう。
私はSHARPのX68000に搭載されているYM2151チップを使い、MMLという手法で現在も音楽制作を続けているhizmiに、C64のラスタータイム消費のような、CPU効率やメモリ消費、またミュージック・ドライバ間の「出音」の違いを意識したことがあるか、という旨の質問をしたところ、彼の返事はこのようなものでした。

「海外だとトラッカーでしょうからツールによって差が出るんだと思いますが、日本だと MML なんで、結局 y コマンド[レジスタの値を直接制御するコマンド――引用者註]使えばどのドライバでも同じってとこに収束しちゃうんで、ドライバ云々よりテクニックの議論でしたね。後発ドライバほど軽いとかのハナシはありましたが。」

「MML は作曲ってよりプログラミングに近いんで、テクニック勝負になってくるのかなと。プリプロセッサとかもありますし。後発ドライバは古ドライバのいいとこを取り込んで進化したものですから、軽くなるのは自然なことです。と思う。たぶん。きっと。」[7]

また今年リリースされたファミコン/NES用インディーズ・ゲーム、「キラキラスターナイト」は、サウンド面で実機動作可能なゲームへの組込を目的とした、S.W.の手になるBSDライセンスのミュージック・ライブラリNSD.Libを使用している点が注目に値します。私見では、これはファミコン/NES用のミュージック・ライブラリとしては、ShiruのFamiTone以降、最もユニークな達成です。ゲーム開発という用途に応えて開発されたNSD.Libの成立経緯は、SIDミュージックルーチンの展開を想起させます。

パーソナル・サウンドを求めて

2001年にリリースされたCadaverのGoatTrackerは、クロス開発を可能にした画期的かつ高機能なトラッカーとして、「元シーナー」だけでなくC64シーン以外のミュージシャンを招き続けています。
今日のC64ミュージシャンによって用いられるミュージックルーチンは、以前と比較すると減少していますが、それでも少なくとも10個はあります。

特徴的なルーチンは聞き取れることさえ可能です。最新のツールだけが利用されているのはない、という点も重要です。たとえば2013年の現時点において、Zyronは20年間DMCを使い、DRAXは25年間JCH music-editorを使い、ZZAP69は1989年にリリースされたMusic Assemblerを使い、現在も「新曲」を発表しています。また、Kjell Nordbøは彼の傍で新しいトラッカー(SID Duzz It)が開発されていったにもかかわらず、Olav MørkridのDigitalizerで生涯音楽制作を続けました。DRAXは20歳の時、このように述べています。

「ラスタータイムのせいでsoundmonitorがデモには不向きなことがわかって、僕はManiacs of Noiseのミュージックプレイヤーを用いたエディタであるfuturecomposerを使用し始めた。でもこのエディタにはサウンド編集に関して制約があった――一部のことしか変更できなかったんだ――ドラム・データの周波数さえ変えることができなかったから、もっと自分のサウンド[personal sound]を作りだすためには、データを確認できるプレイヤーを調べて、それらを変えなければいけなかった。どうしてもっと多くの人がこのことを考えないのか、不思議でならないよ(2+2=7になるんだ)。ともかくそうやって少なくともデモに自分の音楽を入れることはできて、BonesのMAXにコンタクトをとって、ミュージシャンを必要としていないか尋ねたのを覚えている。彼らが必要としてるって言うから、僕は参加したんだ。その後、Noiseに入るためにBonesを離れた。その移籍もてきぱきと済んでNoiseは本当に活動的で、僕の音楽を使ったデモを多数リリースした(ありがたいことにね)。ある日、VibrantsのJCHから電話がかかってきて、音楽や性の営みや昨日の天気予報について、2時間[?――原文文字化け]」話をした。僕の音楽をもっと聞きたいと言うから、何曲か送ると彼は(今も不思議だが)気に入ってくれた。1989年、Esbjerg(デンマーク)で開かれた2000 A.D.主催のパーティで、彼のエディタ[JCH music-editor]を手に入れた。何だこれは、となった。こんなにも完成されたものには出会ったことがなかった(そしてそれは今も変わっていない)。」[8]

“Why Me?” (1991) is one of his tunes prove DRAX’s distinctive style. He made the tune using JCH music-editor when he was 16 years or so.

これらのミュージック・エディタとそのミュージックルーチンは、彼らにとって単なるツール以上の者もの、彼らの音楽スタイルを彫琢したエディタ=ルーチンだと、私は考えます。ミュージックルーチンは有限かつ可塑的な音楽の下部構造、すなわち物質的要因[material factor]なのです。

(敬称略)

[1] エディタの数は筆者の2012年の調査に基づく。ミュージックルーチンの同定及び数の確認にはSIDId(http://csdb.dk/release/?id=112201)を用いた。
[2] 2013年8月、Stephen Ruddyは自身のサイトで公開していたC64ミュージック・ドライバの簡易的なプレゼンテーションを目的とした動画を投稿した。http://www.youtube.com/watch?v=M0VY1ACtscM
[3] 「The David Dwyer Thiel Sound System(DDTSS)は、6チャンネルをサポートしたユニークなものだった。サウンド・エフェクトに利用可能な3つのヴァーチャル・チャンネルを備えていた。SIDはクールなチップで、非常に高速な書き込みができた。だから僕は既に使用中の1チャンネルを、使用後リストアして使うことができた。そのエフェクトは2つのSIDチップがあるかのようにだった。僕はRock n’ Boltにこの凄いエフェクトを使った」C64.COM (2013), Interview with David Thiel: http://www.c64.com/gt_display_interview.php?interview=31
[4] 次の記事を参照: https://akaobi.wordpress.com/2013/08/16/rob-hubbards-music-by-anthony-mcsweeney/
[5] 「Rob Hubbardを導入する」: https://akaobi.wordpress.com/2013/08/17/rob-hubbard%E3%82%92%E5%B0%8E%E5%85%A5%E3%81%99%E3%82%8B/
[6] 「Neil Baldwin Interview by Audun Sorlie」: https://akaobi.wordpress.com/2013/10/17/interview-with-neil-baldwin-by-audun-sorlie/ (日本語訳) http://www.originalsoundversion.com/musical-awesomeness-generator-neil-baldwin-interview/ (原文) さらに”Recollection”に掲載されたインタヴューも参照せよ: http://www.atlantis-prophecy.org/recollection/?load=online_issues&issue=2&sub=article&id=13
[7] https://twitter.com/aka_obi/status/302397582221660160
[8] Carlbring, Per (Zike) (1995-96), “Interview with DRAX” in In Medias Res: http://zakalwe.fi/~shd/texts/imr/c163drax.htm

Musicroutine as Sub-structure of Chipmusic

As Cadaver said in his “Building a musicroutine,” a lot of music editors and musicroutines has been developing for about 30 years. Without different software versions, there are well over 100 editors (in that case with the exception of commercial releases), and almost 300 musiroutines. [1] The development period can be roughly divided into two.

Democratization of Musicroutine

At first SID musicroutines were enthusiastically written at the field of game development in the 1980’s. It is possible to look for one of the births – we don’t call it the origin – of “game sound” in the Wes in Commodore 64.

We can’t often tell composers from sound programmers in this era. Because of almost no ready-made music editors available for game development and commercial purposes, every software house or individuals planned to sell their game to publishers were generally “programmed” music using such as assemblers. For example, Martin Galway made his music with Zeus 64, and as for David Whittaker, he programmed music with machine code monitor. This is a historical process, and we can find similar examples in Japanese game industry, too. Today we can know a few parts of sound development environment at that time through the music drivers opened to the public by Paul Hughes (ex-Ocean Software crew) and Stephen Ruddy (ex-Software Creations crew). [2] Also recently David Thiel (ex-Action Graphics crew) revealed that he had used the sound system named “The David Dwyer Thiel Sound System (DDTSS)” for the C64 games in an interview. [3]

And they had to do setup of musicroutine itself by touch. Playing music using BASIC was a common way at the dawn because of game development wasn’t still mature. I’d say game titles with even few BGM or SE, or no them were quite “normal.”

In the middle of the 1980’s the two important factors changed forever the current. One is Rob Hubbard’s muscroutine. He showed us the standard building musicroutine, which achieved entirely the full application of SID as a 1 chip synthesizer, designs aimed at embedding into games in advance (e.g. low raster time, sound effects interruption, well-defined notation etc.), and his musical ambitious. The specification of his music driver by “pattern-based” construction for track making was revealed in “Rob Hubbard’s Music” by Anthony McSweeney in 1994. [4]

Also the significance of “Game music,” especial subject during game, was discovered through his “works”.
During the period (1984-1989) he composed music for the C64, his muiscroutne was hacked by game players/listeners, and it opened up new possibilities of making music by “amateurs.” We, SID Media Lab, have confirmed how important his musicroutine is through remarks by Thomas E. Petersen (Laxity) and Neil Baldwin. [5][6] Hacking existing-musicroutines > improvement > building new musicroutnes > further improvement – democratization of composing music by such processes means the beginning of the second period.

Another factor: the birth of music trackers. In 1986 Soundmonitor was published in a German computer magazine. It was a music tool Chris Hülsbeck had programmed for his composing music. It is said that this program is the pioneer of music trackers. Next year Karsten Obarski’s Ultimate Soundtracker appeared in the Amiga scene, then it gathered popularity (actually the software was commercial, however, various versions were released as “freeware” at last).  Thus the importance of music editors everybody could use and change, and of those particular interfaces were being recognized even though there already had been existing music tools (by the way, GoatTracker is an open-source project). This democratization caused appearance of many amateur composers. It is a great phenomenon we can trace it other than the C64 scene.

(Though there are also other tool we cannot overlook. For example, Master Composer, Music Assembler, Electrosound, and so on – but for now we note at least that composing tools in the C64 scene are not limited to just trackers.)

Maniacs of Noise, a Dutch-based music group was active both at the demoscene and game industry, released Future Composer they used for demo production and game development, and then the type of sound like so-called “oldskool” became unevenly distributed at that time. That is to say their musicroutine was some kind of “paradime” of SID music for a period of time.

Context of Musicroutine

As a result of the factors, musicroutines and music editors which were mainly composed of trackers have gotten refined again and again. Not only usefulness of trackers improved, but roughly speaking, in the 90’s we could be heard such as sound had been impossible in the 80’s, and then in the 2000’s we could be heard such as sound had been impossible in the 90’s.

Also we have to note that on that evolution they have been not just aimed at the sophisticated and multifunction, but also as Cadaver explained, we have set a high value on speed and memory consumption, and so on – we need to remember that SID music has a use, or it is ripped off and often re-used in demos and cractros. Soundmonitor was not suitable for this demand. As some leading examples of the direction, we’d like to refer to Macro Player (2009) by Geir Tjelta, or Air on a Rasterline (2013) by lft and 1raster-tracker by Hermit, which was inspired by the idea of this release. These experiments come from one of attitudes of the demoscene – aesthetic of the minimum – it is differ from an attitude simply wants “better sound.”

Now apart from the C64.
Once I asked hizmi, who has been programming music using MML method with YM2151 of SHARP X68000 series for a long time, if he has been aware CPU efficiency and memory consumption like rastertime consumption in the case of C64, and “sound output” differences between music drivers. He replied that:

“In the case of foreign countries, difference is possible because of each tool, but in Japan we work using MML, so if we use y command [it is a MML command controls directly registers – quoter] any music drivers make no difference at all. So we have jousted just our own technique rather than drivers. Though it is also said that the later drivers are more lighter.”

“MML is similar to programming rather than composing, so I guess technique means everything. Moreover there are preprocessors. Newer drivers are advanced taking in merits of old drivers. So it is natural that they are lighter, I think. Maybe. Surely.” [7]

Hizmi released New Powe EP on August 19, 2013. Those tunes were programmed using MML method. No DAW.

It is notable that “KIRA KIRA STAR NIGHT,” an indie Famicom/NES game released this year, uses NSD.Lib by S.W. in terms of sound. It is a music library under BSD license, which supports to be embedded into games running on the real Famicom/NES. As for music library for the machine, this is the most unique achievement after Shiru’s FamiTone. The background of building NSD.Lib reminds us of development of SID musicroutines.

Searching for Personal Sound

Cadaver’s GoatTracker was initially released in 2001. The epoch-making and advanced tracker allowed us to do cross development of SID music and has attracted musicians outside the C64 scene as well as “ex-sceners.”

Today musicroutines used by C64 have decreased compared to before, but still there are 10 at least.
As for characteristic musicroutines, it is even possible for us to tell by hearing. Also it is important that they don’t use only the latest music tools at the present. For example, Zyron has used DMC for 20 years, DRAX has used JCH music-editor for 25 years, and ZZAP69 still uses Music Assembler firstly released in 1989 at the 2013. And they release “new tunes” even today. Besides, Kjell Nordbø had composed music using Olav Mørkrid’s Digitalizer throughout his life nevertheless new tracker (SID Duzz It) had been developing by him. DRAX said that when he was 20 years old.

“Realizing that soundmonitor-music wasn’t that suitable for demos because of the rastertime I began to use futurecomposer which was an editor using the Maniacs of Noise music-player. But this editor had its limitations as regards soundediting – you were only able to change a few things – u couldn’t even change the frequencies of the drumdatas so I had to look into the player to find those and change them to create a more personal sound. I wonder why more people didn’t think of that(2+2=7;)). Anyway now I was atleast able to get my music in demos and I remember contacting MAX of BONES asking if they needed a musician which they did and I got in. Then I left Bones for Noise which also was a smart move Noise was quite active and released a lot of demos with my music (THANKS). One day JCH/VIBRANTS phoned me and we talked for 2ォ [sic] hours about music, Sexhabits and yesterday’s weather forecast ;). Well he wanted to hear more of my music and send him some which he (I still wonder) liked. At the 2000AD party in Esbjerg (DK) 1989 I got his editor [JCH music-editor] and WOOAUHWW I hadn’t seen anything so well done(and I still haven’t).” [8]

For them music editors and its musicroutines mean more than just tools, so they are each editor= routine has elaborated their own styles, I think. Musicroutine is finite and plastic sub-structure of music, or MATERIAL FACTOR.

Notes

[1] The number of music editors is according to my research in 2012. I used SIDId (http://csdb.dk/release/?id=112201) to identify and count musicroutines.
[2] In August 2013, Stephen Ruddy submitted a video capture to his YouTube channel to present simply his music drivers for the C64: http://www.youtube.com/watch?v=M0VY1ACtscM
[3] “The David Dwyer Thiel Sound System (DDTSS) was unique in that it supported six channels, including three virtual ones which could be used for sound effects. SID was a cool chip and you could write to it very fast. This allowed me to use a channel already in use and then restore it after I was done. The effect was that it was almost like having two SID chips. I used this to great effect in Rock n’ Bolt.” from C64.COM (2013), Interview with David Thiel: http://www.c64.com/gt_display_interview.php?interview=31
[4] See this article: https://akaobi.wordpress.com/2013/08/16/rob-hubbards-music-by-anthony-mcsweeney/
[5] Introducing Rob Hubbard: https://akaobi.wordpress.com/2013/09/03/introducing-rob-hubbard/
[6] “Neil Baldwin Interview by Audun Sorlie”: https://akaobi.wordpress.com/2013/10/17/interview-with-neil-baldwin-by-audun-sorlie/ (Japanese translation) http://www.originalsoundversion.com/musical-awesomeness-generator-neil-baldwin-interview/ (original text) Also see the interview printed in ”Recollection”: http://www.atlantis-prophecy.org/recollection/?load=online_issues&issue=2&sub=article&id=13
[7] https://twitter.com/aka_obi/status/302397582221660160
[8] Carlbring, Per (Zike) (1995-96), “Interview with DRAX” in In Medias Res
http://zakalwe.fi/~shd/texts/imr/c163drax.htm

References

C64.COM, Interview with David Whittaker
http://www.c64.com/interviews/whittaker.html
Commodore Zone, Interview with Marin Galway
http://www.sidmusic.org/sid/mgalway.html
Drysdale, Steve (2013), “The Commodore C64 Music Scene – and how it has evolved..”  (divided into two sections: one is an interview with Martin Galway, Rob Hubbard, and Reyn Ouwehand, and the other is an interview with Chris Abbott, Alistair ‘Boz’ Bowness, and Jason ‘Kenz’ Mackenzie) in Remix64.com
http://www.remix64.com/interviews/c64-music-scene-by-steve-drysdale.html
Harries, Jan (2010), “Interview with Neil Baldwin” in Recollection #3
http://www.atlantis-prophecy.org/recollection/?load=online_issues&issue=2&sub=article&id=13
Hughes, Paul, Paulie’s Perfunctory Game Dev Website
http://www.pauliehughes.com/page22/page22.html
Jazzcat (1996), “Interview with Laxity” in Domination #7
http://www.atlantis-prophecy.org/recollection/?load=interviews&id_interview=98
Petersen, Thomas Egeskov Petersen (Laxity/Maniacs of Noise) (2006), “Music Recollection” in Recollection #2
http://www.atlantis-prophecy.org/recollection/?load=online_issues&issue=1&sub=article&id=11
Ruddy, Stephen, SteRuddy.co.uk
http://www.steruddy.pwp.blueyonder.co.uk/download.htm
S.W. (2013), NES Sound Driver & Library (NSD.Lib) – S.W.Homepage
http://shaw.la.coocan.jp/nsdl/

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Filed under c64, english, game, nes

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