Interview with Alberto González (Joe McAlby) by Audun Sorlie

5

1990年代、携帯ゲーム機を中心に8bitマシンで数多くのサウンドトラックを手掛けたスペインのビデオゲーム・コンポーザー、現在は自身の会社Abylight(2003年設立)で、ゲーム・デザイナー、プロデューサーとしてDSiウェアやスマートフォン用のゲームアプリ制作を展開するJoe McAlbyことAlberto José González(1972-)のインタヴューの翻訳です。聞き手はAudun Sorlie氏です。

20世紀を通じて、Alberto Gonzálezがオーディオ(サウンドトラック・SE制作/サウンド・ドライバ開発)に関わったタイトルが日本で紹介されることはほぼありませんでした。私たちにとってはまさしく「知られざる」人物です。コンポーザーとしてのキャリアを回顧したこの記事を通じて、彼の過去と現在の業績に、一人でも多くの方が興味を持っていただけることを望みます。

しかし意外にも、彼のキャリアの出発点には以外にも日本のアーケードがありました。80年代後期、ヨーロッパでさかんに行われたアーケード・タイトルの8bitマシンへのポート(移植)では、MSX版『獣王記』や『パワードリフト』のサウンドを担当したこともあります。

そもそも彼はゲーム・グラフィックの仕事を志望して業界に入り、一時は「スプライト・デザイナー」(彼の言葉によれば)でした。本文では、アイレムのアーケード『ビジランテ』に魅せられた経験も語られています。偶然から、あるいは少人数での開発による必然から、携わったゲームの音楽面の作業が次第にメインになったという、大変特異な経歴の持ち主です。音楽制作のインスピレーションをどこから得てきたかというと、専ら他のビデオゲーム・ミュージシャンだったといいます。

当時の「ふつうの」音楽についてはあまりよく覚えていない。コンピュータ・ミュージックに私は夢中だった、おそらく過剰なまでに。その他の種類の音楽を聴いて、コードやコード進行についてもっと学んでおくべきだったと今になって分かる。私は良くも悪くも、純粋なチップチューン・ミュージシャンだったんだ。ピアノ・レッスンを受けて音楽を学ぶ人もいるが、私はZ80アセンブラで自分の曲をコードする[打ち込む]ことで音楽を学んだ。 “Alberto González Interview” (2013) from Good-Evil

彼のキャリアのなかでも一際大きなインスピレーションが、日本でも大変よく知られているUKのビデオゲーム・ミュージック・コンポーザー、Tim Follinです。Alberto Gonzálezの8bitサウンドトラックにはしばしば如実に、彼の痕跡を見出せるでしょう。そして、驚くべきことにそれはZX Spectrum 48K版Light Corridor (1991)のビープ音(beeper)を用いた曲にも見られるのです。2010年の別のインタヴューで、彼は本作のサウンド・ドライバが他のゲームからリップされたものであることを述べていますが、そのゲームとはTim Follinがドライバに携わったChronosやRaw Recruitではなかったかと推測します。

彼の音楽制作環境もまた非常にユニークでした。ZX Spectrum、Amstrad CPC、MSX、NES、SEGA Master System、Game Gear、Game Boy、Game Boy Colorのサウンドトラックが全て(Game Boy Advance用のタイトルも一作)、Compact Editor (1990-1993)というZX Spectrum用の自作ツールから作り始められたということです。Compact Editorは、Ultimate Sound tracker (1987)のヴァージョンの一つで、NoiseTracker (1989)を参考にプログラムされたトラッカーライクのシーケンサーです。彼はまずこのソフトで曲のベースを作り、出来たバイナリ・データをThe Sourcerというもう一つの自作ツールを使って可読的なソースコードに変換し、その後は各プラットフォームのオーディオの仕様に合わせてテキスト・エディタ上で曲を書き換え、拡張して行きました。このような制作プロセスの帰結として、同じプラットフォーム上でも、ゲーム毎にサウンド・ドライバが改作されることになりました。

まず最初に、曲の基本的なアイデアを様々な部位と共にまとめる[compose]ためにCompact Editorを用いた。その後、曲はThe Sourcerを使ってソースコードに変換され、そしてプレーンテキスト・ファイルとなった曲に、細かなディティールやリフを曲が加えれていった。それだけではなくドラム・トラックの追加や各インストゥルメントの仕上げ[final sound]も行われた。このプロセスは私の思い通りに響くまで(あるいは時間を使い果たしてしまうまで!)何度も何度も、ソースコードを書き換え、コンパイルし、コンソールに送り、聴くことでなされた。最後に、必要時には(ほとんどの場合)、圧縮段階が発生した。この段階は、利用可能メモリの最小量を利用するため、曲の小さな断片を見つけ、再利用することで成り立っていた。“Alberto González Interview” (2013) from Good-Evil

彼の携わった作品には、フランス、ベルギーのコミックを原作としたゲームが多数存在します。特にInfogramesの開発チーム(ただし、本部ではない)で働いていた時には、様々な8bitマシン用に、Smurfs、Asterix、Tin Tin、Lucky Luke等を元にしたゲームを開発しました。その中でも、SmurfsやAsterixに関連するタイトルのゲーム・サウンドトラックはヨーロッパで大変人気が高く、作曲者本人も印象深い作品として振り返っています。Alberto Gonzálezは既発売のゲームのサウンドトラックだけでなく、未発売に終わったゲーム用の曲も、SoundCloudのアカウントで公開しています。この記事には彼の代表作と言われているものの一部の音源を紹介の意味も込めて差し挟んでいます。

Abylight
SoundCloud
Wikipedia – Alberto Jose González

Audun Sorlie氏に翻訳元のインタヴュー記事を、Alberto González氏からはこの翻訳のために画像を提供していただきました。

訳者註は本文中の括弧([])内に記しました。
本文に頻出する単語、portは「移植」と訳さず、原則として「ポート」という音声表記に移し替えました。

訳者より

 

 

Interview with Alberto González by Audun Sorlie

Audun Sorlie: Gonzálezさん、本日はお話することができて大変光栄です。あなたの作品の一ファンとして、あなたの音楽に尊敬の念を常に抱いてきましたし、今になっても気がつくとその音楽をただ聴きたいがために、あなたが音楽を手がけたゲームを遊んでいるんです。

González: そんな風にいってくれて本当にありがとう、Audiさん! どういたしまして! 私も昔のゲーム・ミュージックをたくさん聴いているよ。時折、もっと頻繁にふつうの音楽を聴かなきゃと思ってラジオをつけるんだけど、すぐにまたゲーム・ミュージックや昔録音したものにそそくさと戻ってしまうんだ。

Sorlie: 子供の頃のことや、お育ちになった場所のことを少しお話いただけますか。

González: 私の生まれはスペインのBarcelonaだ。けれど生まれて最初の10年間はMadrid、Málaga、 Melillaといった、違ったスペインの町に移り住み、最後にまたBarcelonaに戻った。父は軍人で、度々行き先を変えられたのさ。そのせいで子供時代は、同じ町の中でさえ、学校と友人を頻繁に変えなければいけなかった。多分そんなことからなんだろう、私は自分の部屋やあらゆることをする、私がいうところの「隠れ家[lair]」でずうっと時間を過ごすのが好きだ。

祖父も軍人だったがヴァイオリン弾きで、彼の両親もミュージシャンやアーティストだった。ほんの最近まで私はこのことについて知らなかった! 遺伝子には彼らから何かを引いているのかもしれないね。それとは違って、私の知る限りでは家族や友人は音楽にずっと縁がない。音楽に関しては、私は一匹狼だったんだ。

16歳になるとすぐに退学し、見習いとして店で働き始めた。数ヵ月後には、自分の次の仕事はビデオ・ゲーム会社のグラフィック・アーティストのようなものになる。その点から見れば、現在まで全く同じだ!

Sorlie: 若い頃、コンピュータやビデオ・ゲームで遊びましたか。

González: もちろん。私はいつもコンピュータとビデオ・ゲームに夢中だった。もっと幼い頃は、たくさんのGame & Watchで遊んだのを覚えている。

叔父がAtariのコンソールを持っていて、どうすれば画面上で描画や移動ができるのだろうかと、いつも不思議でならなかった。私にはそれが魔法のように見えたんだ。そんなことに関して、あなたの思い描ける質問全てを、私は叔父に投げかけた。私はゲームを遊ぶことよりも、マシンがどうやって動いているかを知ることにもっと興味があった。叔父はその後C64も購入した。夕方はよく、彼がこのコンピュータを使ってするちょっとしたことを見ることで過ごしたものだ。

11歳の時、父は小さなCasio PB-700コンピュータを買ってくれた。それから私はマニュアルを傍らにBASICを学び、最初のシンプルなゲームをプログラムした。ゲーム関していうと、私はまた、お金がある時買っていたスペインのSpectrumを扱った雑誌からスプライトの写しを取りつつ、私にとって初めてのコンピュータ・グラフィックスも描いていた。けれどもこのマシンでゲームをすることに関していうと、20×4キャラクターの白黒画面とのろまなカタツムリのような速度では、あまりできることがなかった。付け加えて、私にはカセット機器がなかったから、自分のプログラムを永遠に失くしてしまわないよう、ノートブックに書き留めておく必要があった。幸いにも、そのマシンはプログラムを10個まで非揮発性メモリに蓄積することができたが、しかしいくら集めてみてもたった8 kのRAMにしかならなかった。

数年後、私はどうにかしてそのコンピュータをSinclair Spectrum +2と交換した。ゲームをやってみることのできる世界全て[whole world of gaming possibilities]が私に開かれたのだ!

Sorlie: 子供の時から音楽のことに関心を示していましたか。子供時代の、音楽にまつわるインスピレーションを何か思い出せますか。

González: 音楽の演奏に関する、最も遠く離れた記憶は、おそらく北アフリカに位置するスペインの町、Melillaに私が住んでいた時、8歳の時に遡ることができるのではないだろうかと思う。学校で私はフルートを演奏していた。不幸にも、家に戻っても、親のために私は演奏を止めることができなかった。そのために、私はよく高台に脱出した。自分自身のメロディを生みだそうと、何時間も演奏したことを覚えている。その場所は素晴らしかった。私たちは城とその他全てを備えた、一種の要塞化された村落に暮らしていたんだ。高台には港と海の美しい眺めがあった。

Barcelonaでは平地で暮らしていたので、お隣に迷惑をかけないために、フルートの演奏を止めなければいけなかった。それから自分のSpectrum +2コンピュータを手に入れるまで、再びどんな種類の音楽も作ることはなかった。

Sorlie: 具体的にどのようにしてビデオ・ゲーム業界に入ることを決めたのでしょうか。実際にビデオ・ゲーム開発プロセスの担い手になるためのファースト・ステップについて少しお話いただけますか。

González: Spectrumを手に入れると、私はそれを用いてあらゆる種類のグラフィックをやり始めた。学校で数学の授業の多くで出来が悪かったことの賜物で、ドローイング[落書き]の能力は既にいくらかあった。私は”Vigilante”[『ビジランテ』]という名のアイレムが出したアーケード・マシンが大好きで、この作品をもとに、自分自身のゲームを書きたかったのだ。家の近所のバーにこのアーケード・マシンはあって、キャラクター・アニメーションを見るために度々訪れていた。家に帰ると記憶を頼りにコンピュータでスプライトを描いた。

1988年の時のことだ。当時私は店で働いていた。月に一回、同僚と私は近隣の郵便物の中に広告を差し込まなければいけなかった。ある日、私は”New Frontier”という名の彫られたメール・プレートに気づいた。”Time Out”という名のスペインのゲームにその名前があったことを思い出したんだ。翌日、私はドアをノックし、グラフィック・アーティストを必要していないでしょうかと、彼らに尋ねた。興奮で震えていたよ! 彼らは私のゲームのグラフィックを気に入ってくれた。そんな風にして私は出発したんだ。実にとても単純なことだ。

ほどなくして、同僚の一人が私に”Wham! The Music Box”という名のプログラムを見せてくれた。それはSpectrum用のミュージック・エディタの一種で、このプログラムを使って私は最初の作曲作品を作った。

Sorlie: あなたはMSXでゲーム・ミュージック・キャリアを開始しました。主にはAltered Beast[『獣王記』]、Power Drift[『パワードリフト』]、Snoopyといったタイトルのポートを手掛けられました。これらのタイトルは私が思うに、オランダとスペインでしかリリースされていないはずです。これらは公式ポートだったのでしょうか。あの当時ヨーロッパと韓国ではMSXへの非公式ポートがありふれたものでした。

González: それらのソフトが公式ポートだったかどうか分からない。当時の自分は年端も行かず、作品の詳しい部分に関心がなかった。私たちはMSXやAmstrad PCW等、他のコンピュータへ多数のポートを行ったが、私が関わったのはその内の数作でしかない。私たちはオリジナル・ソースコードも持たずにゲームをポートすることさえした。無茶苦茶だね[crazy stuff]!

Sorlie: 特にMSXでの作業はどのようなものでしたか。私は時間をかけて多くのMSXサウンド・コンポーザーと話をしてきましたが、彼らは皆、このマシンについて大変良い想い出を持っているように見えます。

González: ポートの互換性をチェックするためにオフィスにはその内の数作があったけれど、実をいうと、そのコンピュータ[MSX]を用いて直接仕事をしたことは一度もない。もちろん、そのマシンのことは知っていたよ。中でもコナミから発売された日本のカートリッジ・ゲームは素晴らしかった。友人の一人はコナミのソフトを一作持っていて、私もたくさん遊んだ。MSXと+2の両方とも、サウンド・チップとCPUがほぼ同じだったから、曲を作るために自分のコンピュータを使うことができた。MSXで動かすには、サウンド・ドライバに小さな変更を加えることが必要なだけだった。

Sorlie: 今までCommodore 64での作業に手をつけられたことはありますか。

González: 残念ながら、それはないね。私が本当に残念に思っていることだ! Spectrum、Amstrad、MSX用のゲームを制作しただけで、C64サウンド・チップの驚異を体験するチャンスは一度もなかった。オフィスにはC64が一台あって、Ghouls ‘n Ghosts[『大魔界村』のC64版タイトル。1989年発売。音楽はTim Follin]のようなゲームの音楽を何時間も聴きつづけていたことを覚えている。他のコンピュータでグラフィックスやサウンドをやる暇がないほど、私は多忙だった。

今、両方とも自分で組み立てた、SID 8580チップを二つ積んだSammichSIDと、もう一つ別に6581を一つ積んだMidiBox SIDを持っているけど、まだあまり使用できていない。

Sorlie: あなたはCharles Callet[Infogramesに在籍したフランス人のコンポーザー。1993年、Sierra On-Lineに移ってから担当したグラフィック・アドヴェンチャーのサウンドトラックがよく知られている]のスコアを数作、MSXへ移植されていますよね。たとえばフランスのコミック[バンド・デシネ]”Les Tuniques Bleues”を原作とした大変人気のある古典的作品、North & Southがそうです[1990年、日本でもファミコン版『ノース&サウス わくわく南北戦争』がケムコから発売された]。Calletとお話する機会はこれまでありましたか。彼の音楽にまつわる想い出は何かありますか。

González: Charles Calletの作品、その中でもHostages[1989年、ファミコン版『ホステージ』がケムコから発売]は大好きだ。グラフィック・アーティストとミュージシャンとして関わった、私にとって最初の発売作品だし、この作品には本当に良い想い出がある。Amiga 500の音楽[CalletはNorth & Southを含む、InfogramesがAmigaで発売したゲームのサウンドトラックを担当していた]をテープに録音し、全てのノートが頭に入るまで聴いていた。それからその音楽をコンパイラで一音ずつ[note by note]Spectrumに翻訳した。ドレミも分からなかったので試行錯誤の作品だった。けれど最終的に出来たものは本当に気に入っている。可笑しなサンプルを使ったヒューモア溢れるNorth & Southのサウンドトラックも大好きだ。

Charlesに会う機会はなかった。実のところ、実際に対面できたInfogramesのミュージシャンは一人もいないんだ。最近、彼らや私の昔のゲーム・ミュージック・アイドルとも連絡を取ろうと試みているけれど、Cherlesとは巡り会わなかった。彼に関するどんな情報も大歓迎だよ!

Sorlie: さて、1988年にあなたは開発チームBit Managersの一員になり、メンバーと共に数々の代表作を手掛けられました。あなたはBit Managersの設立メンバーだったのでしょうか、それとも仕事をするために彼らに加わったのでしょうか。

González: その通り、私はBit Managersの四人の創設者の内の一人だった。でも会社は1993年になるまで設立されていない。

New Frontierという私が働き始めた場所で、私たちはHostages、Light Corridor、Mystical、North & SouthといったInfogramesから発売されたゲームを何作品か開発した。どの作品も大好評だった。

そこでは私たちの最初のGame Boyタイトルも手掛けたけれど、その時代のほとんどの場合、仕事に報酬が支払われることはなかった。ボスたちは金銭を全て取り上げて、私たちに長々と報酬を支払わない言い訳した。

Infogramesの共同創設者の一人が、私たちがゲームを全て作ったことを知っていて、Bit Managersを立ち上げて彼らのために直接働き続けることを許可したんだ。水着ショップの裏側で働き始めたよ。より快適なオフィスの家賃を支払うのに十分な金銭を得るまで、かなりの間それは続いた。その場所でNES版AsterixやMetal Mastersのサウンドトラックを制作していたのを覚えている。

 

Sorlie: あなたが音楽を手掛けられていた時代[your music days]、他のビデオ・ゲーム・コンポーザーを尊敬していましたか。ゲストと昔のことを振り返り、インスピレーションについて話す際には、しばしばRob Hubbard、Tim Follin、Jeroen Telといった名が出てくるのですが。

González: 当然さ[Absolutely]。実際、私の音楽的トレーニングの多くは、David Whittaker、Jonathan Dunn、Ben Daglish、Matthew CannonやSpectrum全盛期の他多数のゲーム・ミュージシャンの作品を聴くことに由来している。一頁では言及しきれないよ。Game Boyで作曲を始めた時はまた、ファイナル・ファンタジー・シリーズの植松伸夫の仕事に凄くインスパイアされた。私がGame Boy用に作った「雄大な[epic]」曲の多くは、彼の仕事をルーツとしているだろう。

付け加えて、私はいつもTim Follinと彼の兄弟の大ファンでもあった。Spectrumの時代から、技術的に、また音楽的に信じられないことを彼はやっていた。私にとって、常に彼の全作品が拠り所、インスピレーションの源でありつづけた。今でもそうさ!

Tony(Tiny)Williamsも私のキャリアにおいて非常に特別な場を占めていた。私たちのMSXポートの一つから取ってきた、彼の優れたサウンド・ドライバのソース・コードにメスを入れることで、私はアセンブラと、自分にとって初めてとなる音楽的概念を学んだ。それが私のミュージシャンならびにプログラマのキャリアの決定的な引き金となった。

サウンド・チップのエミュレーションがポピュラーになって初めて、私は他の伝説的なゲーム・ミュージシャンの作品を発見した。コンポーザー次第で制約の多いサウンド・チップがこんなにも違った風に鳴るのかと驚いている。

Sorlie: Game BoyではCool Ballの全楽曲の作曲を担当されたと存じております。本作はあなたのGame Boyでの最初の作曲[composition]でした。一個のゲームのサウンドトラックを制作するのには一般的にどれ位時間がかかるのでしょう。

González: ゲームと、曲数と、その年によりけりだろうね。Cool Ballの場合、私は兵役中で、その仕事のために一週間しか残されていなかった。

私たちの初期の作品では、音楽制作に充分な時間があり、スプライト・デザインを分担しなければならなかった。時にはサウンドトラック制作に最大で三ヶ月の準備期間があったが、後になると、一作につきせいぜい一ヶ月しかなかった。こんなこともあって時間内に仕上げるために、過去から未使用曲を取り出すこともあった。私の唯一のSNESサウンドトラックの場合は、コーディングと作曲全てに約六ヶ月があったと思う。

“Asterix and Cleopatra”では実際には二つのゲームが一つにまとめられている。全サウンドトラックの制作に二ヶ月しかなかったため、物凄く働かなければいけなかった。ゲームが必要するもののために、CPU使用率が非常に低い新しいサウンド・ドライバをプログラムする必要があった。私は用いたのは、Game Boyのサウンド・チップと2つのデジタル・チャンネルという、GBAで事実上利用可能なサウンド・ハードウェアだけだった。それからそのドライバをWindowsとエミュレートされたGBAサウンド・チップにポートした。そのため、私はGBA開発システムを用いる代わりにどのPCでも作業することができた。そんなことをした後は、ゲームの全32曲を作曲するのに15日しか残されていなかった。私はその間、基本的には自分の部屋に閉じこもり、死にかけることなく毎分目いっぱい働いた。狂っていた! あんなことはもう二度とできなかったと思う。けれど最後には、その結果には非常に満足したよ。

長い間、私はコンプリート・サウンドトラックを制作できていない。けれどAbylightで散発的に起こる音楽作業のために、一曲に二日から四日かけることもある。楽しむには短過ぎるね。

Sorlie: Game Boyはその驚くべき音楽によってあなたが多くの評判を得たプラットフォームということになるでしょう。Game Boyでの一番初めの制作の想い出はありますか。まず最初に、そのマシンの技術的制約に欲求不満を感じましたか。

González: [Game BoyはSpectrum +2と]全く正反対だ。Game Boyのサウンド・チップはSpectrum +2に見られるものよりずっと優れていて、この新たな可能性を用いた経験に非常に興奮していた。疑似ステレオ、独立したノイズ・チャンネル、デューティ比可変の波形、さらには3番目チャンネルのプログラマブル波形。驚異的だよ! Game Boyで私が唯一気に入らないのは、チャンネル1とチャンネル2でヴォリュームを変更した際に、クリック音が発生することだ。そのため、制約の多いハードウェア・エンヴェロープのみを使用せざるを得なかった。サウンド・チップのエミュレート実現後、私はこの問題の克服方法を見つけたが、Game Boy用のサウンドトラックを手掛けることはもうなかった。

Sorlie: 1993年の夏、Game BoyでAsterixがリリースされるや、ヨーロッパのゲーム雑誌で激賞され、すぐさまあなたの音楽はGame Boyにおける最高傑作の一部と見做されるようになりました。このゲームに取り組まれる前からAsterixのファンでしたか。またこの素晴らしいサウンドトラックの制作にまつわる想い出はありますか。

González: もちろん、Asterixのファンだった。私の会社[Abylight]でも大変有名で、子供の頃から全てのコミックを読んでいる。実をいえば全集も持っている! サウンドトラックの制作の仕方については、よく思い出せない。自分が手掛けたスプライトに関してはもっと想い出がある。数少ないものを利用しなければならず、非常に頭を悩まされたものだ。

また、このゲームに視差スクロールのテクニックのアイデアを利用したことについては自負している。とはいっても、やる気に満ちた同僚の一人のプログラミングに関するノウハウが必要とされたけどね。この特色がゲームを非常に特別なものにしていると、私は思う。

ボーナス・ステージに登場する黒い海賊にまつわる逸話も思い出せるよ。任天堂は、彼のカラー(クラシックGame Boy上での)を変更できないかどうか私たちに尋ねてきた。その理由というのが、黒い彼をプレイヤーがパンチしなければいけないのは、レイシズムと見做されるだろう、というんだ。私たちはこの海賊がコミックにおける重要人物であり、ゲームに登場する他の海賊やローマ人と同じように、いつでもパンチを喰らわせられることを、慇懃に説明する必要があった。

逸話をもう一つ。でもNES版に関してだけれど、私はローマ人のスプライトを特に醜く作らなければいけなかった。というのも、最初のヴァージョンでは可愛すぎて[too cute]、Infogramesのゲーム・テスターがパンチしたがらなかったというんだ。

2

1990年代初期。Roland PC-200 MkIIとTurtle Beach Mauiを右手に。

Sorlie: AsterixはまたNESでもリリースされました。ハードウェアのおかげもって、楽曲の一部には若干の拡張が加えられています。私個人はこのゲームと共に大人になっていったのですが、今でもなおその音楽が、中でもCreditsのテーマは、どれほど良いか、信じられないほどです。本作はNESサウンド・チップを使った作業の最初の経験だったということで、サウンドトラックをこのコンソールにポートする際に何か問題は生じましたか。実際にはNES用の楽曲制作[compositions]をZX Spectrumでされたと、どこかで読んだのですか。

González: ありがとう! その作品は自分のキャリアで今まで得てきた最良の経験の一つだ。それ以前にNESについてはあまりよく知らなくかった。TMNT、Chio ‘n Dale、Little Nemo、Solstice[いずれも日本で発売された作品。日本版タイトルは『T.M.N.T. 〜スーパー亀忍者〜』『チップとデール』『パジャマヒーロー ニモ』『ソルスティス  三次元迷宮の狂獣』]のような、そのコンソールで普及したゲームを何作か遊んだのは覚えている。Tim Follinによって作曲された最後の作品は、私にとって大きなインスピレーションだった。そのサウンドトラックを聴かなければ、私のサウンド・ドライバとゲームは違った風に音が鳴っていたことだろう。三角波のチャンネルとプログラムしたドラムを加えるために、そのポートのためだけに曲をいくつか制作した。実に低音が効いて、力強くて、TVから聞こえてくるコンソールのサウンドが大好きだった。

私の8bitサウンドトラックはほぼ全て、”Compact Editor”という名の1990年にプログラムを開始したZX Spectrum用シーケンサーを用いて制作された。目標のプラットフォームでその後どんな風に鳴るのかを考えながら、曲の基本的なアイデアを形作るためにこのプログラムを用いた。それからシーケンスはサウンド・ドライバ用の一連のコマンドをともなったASCIIテキストに変換された。その時以来、私はテキスト・エディタとコンパイラだけを使って[exclusively]作業した。また小さなメロディを編みだすために安っぽいCasio SA-1キーボードも使用することもあった。

ところであなたが言及してくれたCreditsのテーマは、もともとはAmiga 500で作曲されたものだ。暇な時にはたくさん曲を作ったものだ。そしてその作品の多くは後になってゲームに使われたんだ。

Sorlie: NESのAsterixで、中でも多方面から称賛を集めつづけている曲が、Game Overのテーマです。ファンがNESミュージックのトップ10のようなものを作る時、この曲がリストに入るのはほぼ確実といってよいでしょう。ファンが殊更この曲をこんなにも高く位置づけることに驚いていらっしゃいますか。

González: うん! あなたが挙げて下さったことみたいな、私が作曲してきた多くのゲーム・オーバーの曲に関するコメントを読んできた。ふつう、私はそれを悲しく、メランコリックな、そして多分に長過ぎるくらいのものにした。Game Boyポート用に作曲したBomb Jack[国内未発売]のゲーム・オーバーの曲については、ここでどうしても言っておかなくてはならない。その理由というのは、最も長いというだけでなく、友人の一人が自動車事故で亡くなったという、とても痛ましい出来事にインスパイアされた曲だからだ。

時にはふつうではないとあなたが思う曲を本当に好きな人もいるんだ。またある時には、あなたが傑作だと思う曲が全く注目されない。ミスター・スポックならこう言うだろう、「興味深い[fascinating]」[『スタートレック』シリーズの登場人物、スポックの決まり文句]。

Sorlie: Game Boy版にも素晴らしいGame Overのテーマがありますね。しかしながら、NES版と比較するともっとミリタリスティックです。楽曲の一部を変えたことには何か特別な理由があったのでしょうか。

González: それはそのサウンド・チップでの作業の私のやり方に従ったんだ。私にはサウンドとサウンド・チップの能力を使って順調に進む曲を制作する傾向がある。それはまた自分が応じることが好む挑戦でもある。ポートの作業をしていて、ある曲が特定のチップでうまく鳴らない場合、利用可能な時間が充分にあるのなら、私は新しい曲を作ろうとする。そのようにして私のサウンドトラックのいくつかは、コンソール毎に違った曲を含んでいる。

Game Boyでゲーム・オーバーの曲を作る場合、時には同じチャンネルで一度に2オクターブ演奏させながら、トランペットのようなものを思い描いて波形を使った。この業はNESでは不可能だったので、私は別の曲を作ることに決めた。またドラムもずっと違った風に鳴るようにした。

Sorlie: その後あなたがさらに多くのAsterix関連作に携わった時、Gérard Calvi’のLes Douze travaux d’Astérix (Las doce pruebas de Astérix)[アニメーション作品]のような、数多いAsterixのカートゥーンのために制作されたサウンドトラックを調べてみたことはありますか。

González: 実をいえば、それはないね。残念だけれどその作品については知らなかった。Asterixのカートゥーンの曲を一曲だけ覚えているけど、全然好きじゃなかった。私は自分が見つけたもの以外のものに関する期待を閉ざしてしまって、二度と作品をのぞき込むことがなかったのだろう。

Sorlie: あなたは伝説的なフランスのコミックの翻案に何作品か取り組まれています。一例を挙げますと、Lucky Luke、Spirou、TinTin、The Smurfs、アメリカの財産であるLooney Toonsまで。これらのゲーム開発に関して、Infogramesやライセンス・ホルダーはどれ位関与したのでしょうか。これら全てのライセンス製品で、あなたが望むことは何でも自由にできたのでしょうか。

González: 音楽に関して言えば、通常、やりたいことは何であれ自由にやれた。もしかしたら彼らは気に留めていなかったのかもしれないし、あるいは第一に音楽を気に入っていたのかもしれない。時折こんなコメントを耳にすることがあった。Infogramesの誰かがLucky Lukeの音楽は「スーパーマーケット・ミュージック」のようだと述べていたぞ、と。どんな意味なんだろうね!

ゲーム内容はもっとずっと制限されていた。特にTintinはそうだった。規制のためにそいつができないことが数多く存在した。そういう訳で、これらのゲームにはヨーヨーで遊ぶ女の子や、あるいは窓の外に水を撒くおばあちゃんみたいな、普通で考えられない、退屈な敵が登場する。

Sorlie: 今あなたのゲームの多数がフランス製だったことを考えてみて、90年代のフランスのゲーム開発を追いかけていましたか。私たちヨーロッパ人は、Another WorldやFlashbackをゲーム・ヒストリーの真の親玉としていつも思い描くのが常なので、あなたが今挙げたようなゲームのファンでもあるなら、興味が湧くのですが。

González: オール・タイムの私の大好きなゲームを二つ正確に言い当ててくれたね! ほとんどのフランスのゲームは、特にAmigaや16bitコンソールでは非常に難しく、また美しいグラフィックを備えていると思う。その通り、私は当時それらのゲームを充分意識していた。業界の規模はずっと小さかったが、リリースされたゲームはほぼ全て追いかけていた。私はずっと旺盛なビデオ・ゲーム・プレイヤーだよ。特にこの頃はそうだね。

Sorlie: SEGA Master SystemのThe Smurfsもまた、同コンソールの優れたサウンドトラックの一つと語られてきたものです。このゲームや他の多くの作品において、あなたは音楽だけでなく、グラフィック担当でもクレジットされています。音楽を作るのと同じ位楽しんでスプライト・ワークに没頭したのでしょうか。

González: 当時の私にとっては肩を並べる楽しみだったけれど、結局はプログラミングと音楽制作により関心を持つようになった。付け加えて、私たちが迎えた新しいグラフィック・アーティストが自分よりずっと良い仕事をしたというのもポイントだ。私はある作品と別の作品を入れ替えるのが好きだった。それが新鮮な気持ちを保ち、さらに深くゲームに関わるための方法だったんだ。

 

Sorlie: Asterixシリーズでの作業に続けて、ついにはSNESではObelix[正確にはAsterix & Obelix]も担当されておられます。本作はこのコンソールにおけるあなたの唯一の作品でもあります。SNESのようなハードウェアはどうでしたか。またSNESでのサウンドトラックが一つだけなのはなぜなのでしょう。Obelixは期待通りの素晴らしいもので、SNESはあなたのスタイルにぴったりとうまく合っているように思います。このゲームもまたGame Boy Colorにポートされたように思うのですが。

González: 素敵なコメントありがとう! このコンソールには物凄く驚いたし、サウンドも素晴らしかった。Amiga 500において矩形波と低音質のサウンドという使用制限があったのと、SNESは似ていたんだ、ワオ! 私は常にびくびく怯えながらリソースに取り組んでいなければならなかった。Casio製のものを除けばシンセサイザーもなかったし、ベーシックなサウンド・カードとアンプとスピーカーが一セットしかなかった。SNESは、私がこれまで手にしたたことのある何よりもずっと優れていた。サウンドトラックのために私たちは、サンプルを録音するためのTurtle Beach Mauiサウンド・カードとRoland PC-200 MkIIキーボードとMIDIコントローラーを購入した。今でもキーボードは持っているよ。

SmurfsやAsterixと同じゲーム・ディレクターが、ディズニーのムードのある何かを作るよう、私に依頼してきた。ゲームにうまく合うよう、オーケストラの楽器と素敵なメロディを使って、私はサウンドトラックを作ることに最善を尽くそうとした。この種の音楽は初経験だったが、出来上がったゲームは美しく、感動させた。

このコンソール用にさらにゲームを私たちが作ることがなかったため、本作が私の唯一のSNESサウンドトラックだ。Infogramesは既に彼らの内部に16bit開発チームを抱えていたし、私たちは一つの例外を除いて、いつも通り8bitポートを全て担当した。例外というのはObelixのことだね。次のサウンドトラックはずっと良いものにするぞという強い思いがあったから残念だ。最初の作品では、どのシステムであれ、そのほとんどを掌握することなど絶対にない。

Game Boy版Obelixに関していうと、サウンドトラックを制作していた時は、それがSNESゲームのポートだということに気がつかなかった。完全新作だと思っていたね。そのような経緯もあって、私はSNES版の曲を再利用しなかった。

Sorlie: Sony PlaystationではRadikal Bikersという名のゲームのサウンドトラックを手掛けられました。CDベースのコンソールではどのような手段をとりましたか。そこでは原則的に何もかも録音して、技術的制作といったものはなかったのでしょうか。

González: Playstation用ソフト、Radikal Bikersへの私の関与は非常に小さかった。サウンド・ドライバをプログラムし、音楽にサウンド・エフェクトをつけるだけだった。サウンドトラックはアーケード・マシンを担当したのと同じ人物によって制作されたものだ。同様のことを”Speed Up”という名のPlaystation用ゲームでも行った。この作品もアーケード・マシンのポートだった。これはサミーに売られて、日本限定リリースだったと思うが、はっきりしたことは分からない。このコンソールにもっと取り組みたかったし、自分のサウンドトラックを作りたかったけれど、チャンスがなかった。

 

Sorlie: 1999年、ほぼ間違いのないことだと思うのですが、Game Boy ColorでリリースされたThe Smurfs’ Nightmareにおいてあなたは最も素晴らしい仕事をやってのけました。このゲームは驚異的な多様性と深さを備えたサウンドトラックが備わっていて、豪華なグラフィックや中まで詰まったゲーム・プレイをもたらしくれる、まとまりのある印象深いゲームの他のあらゆる面よりも光輝を放っています。このサウンドトラックの背後にあるあなたのインスピレーションとは何だったのでしょう。またこのサウンドトラックに関するあなた自身の考えはありますか。

González: ありがとう! Smurfsは本当に好きだよ、とてもキュートだ! これはインスピレーションの大きな点だったし、またゲームが美しかったことにもたくさんインスパイアされた。一回一回少し経てばゲームの新しいヴァージョンを受け取り、定期的にその雰囲気を確認することができた。このゲームにはそれがうってつけだった。インスピレーションを自分の感じているものに絞ることができる時、ずっと楽になる。私もまたサウンドトラックを手掛けている間、デベロッパーから優れたコメントを受け取った。このことはつねに役に立つ!

このゲームでの作業に関して唯一残念なのは、サウンド・エフェクトだ。全体のごく僅かしかできなかった。

Sorlie: 本当に満足がいかなかった、あるいは作業に充分な時間がなかったプロジェクトはありますか。先にあなたは一例としてAsterix & Cleopatraを挙げつつ、Game Boy Advanceでの作業の難しさについて話してくれました。この作品は、曲の配置が間違っていたり、ゲームから省かれたものさえあります。

González: いつも彼方此方にもっとよくできたと考えるものがある。けれど、結局のところは自分が完成させた[I’ve done overall]作品にはまあまあ満足している。特に短い開発期間というプレッシャーとメモリ制限の下では、常に最善を尽くせる訳じゃない。自分がゲームで手掛けたサウンド・エフェクトの少数には特に不満を感じている。

GBAでの作業は好きじゃなかった。非常に低音質な上ノイジーだし、サウンドのCPU使用率が激しい。少なくともSNES並の能力を備えたこのコンソールに、適切なサウンド・チップがなかったのは遺憾でならない。

それとは逆に、Asterix & Cleopatraの出来栄えは気に入っていたが、全員にとってこの作品の開発は非常に厳しいものだった。というのもゲームの規模が大きい一方で、極めて短い開発期間しかなかったからだ。配置の誤った曲もあったが、それは本作に限ったことではなかった。たとえあなたがそれを意図していなかったとしても、結局のところ、どのステージに音楽が置かれるかを決定するのはゲーム・ディレクターなのだ。

Sorlie: 今現在、あなたはサウンドと音楽制作よりも、むしろゲーム・デザインとプログラミングにより深く関わっていらっしゃいます。これはあなたが意識的に行った決断なのでしょうか、それとも時が経つにつれ、作曲よりもデザインをするという点に移っていったのでしょうか。

González: 実際にはその両方ともだ。私には常にデザイン自体から、ゲーム制作のプロセスにもっと関わりたいという思いがあった。でも偶然からBit Managersでは音楽だけの制作から動けなくなってしまった。ほぼGame Boyのサウンドトラックにかかりきりになって10年以上経った後、若干マンネリ[repetitive]になってしまった。前に進んで、他のことをやる必要があったんだ。

会社を辞めると、携帯電話用のゲームを制作するAbylightを立ち上げた。これらのゲームにはあまり音楽が含まれていない。だからゲーム・プログラマ及びデザイナーとして自分自身を再利用しなければならなかった。そういう次第で、それ以来ほとんどのことを自分でしている。最後には、私はそれぞれのプロジェクトにもっと必要なことをする。小さな会社では、私たち全員、一つのことより多くのことをするんだ。

サウンドには全く関わっていないよ。今はまだサウンド・マネージメントとプログラミングとサウンド・エフェクト・デザインを担当している。そのゲームにおける自分の本分の残りの部分に干渉しないのであれば、作曲もする。

Sorlie: あなたが立ち上げた新しい会社Abylightについて少しお聞かせ下さい。ヨーロッパで独立したゲーム会社を経営するのはどうですか。

González: うん、簡単ではないよ。小さな会社には小さなリソースしかなく、困難もずっと多くなる。私はいつも少人数のグループで作業する方が好きだけれど、より大きなチームで作業するのも別に構わない。

Sorlie: 最近WiiWareでNyxQuestをリリースしたOver The Topのような、あなたがインディペンデント・ゲームを作っているところと近い位置にある他の会社を追いかけていますか。

González: 自分たちのような多くの会社と連絡を取り合っている、このビジネスにおける非常に重要なことだよ。必要とあらば、私たちは手を携えて協力することを求めている。

Sorlie: 全期間に亘ってあなたの音楽をずっと好んでいるゲーム・ファンが如何ばかりかいるということを知って、今現在驚いていらっしゃいますか。今インターネットを利用してファンと直接交流する際に、あなたが出発した当時、こんなことが可能だっだかと考えてみたことはありますか。

González: 私が出発した時には絶対考えられなかったことだ。インターネットなくしては、こんなことは想像できないよ! 遊んでくれる人たちが驚いてくれることをするのが、私のモチヴェーションだった。その人たちが自分と連絡を取り合うなんて予想だにしなかったことだ。

自分のサウンドトラックの一つがどんな好きかを述べてくれる一ファンからemailを受け取るのは、本当に嬉しい。私も他のゲーム・ミュージシャンのファンだし、たくさんの興奮と共に彼らとemailのやり取りをしているよ! 誰かが私の音楽について同様のことを感じているのを考えると報われ思いだ。時々、コメント等を読むためにYouTubeで自分の音楽のビデオをチェックしている。皆の一番好きな曲とその理由を知るのは面白い。

Sorlie: 音楽作品を再アレンジするというアイデアを少しばかり試みていらっしゃって、Another WorldというThe Smurf’s Nightmareの美しいアレンジをリリースされました。この曲はゲームでは宇宙を題材にした面でした。これはあなたが昔の音楽のアレンジ・プロジェクトをすることに関心があるということなのでしょうか。

González: あなたが挙げてくれたアレンジは、かなり前に作った貴重な例外だ。自分の曲を再アレンジするのは難しいと感じていて、結果に納得がいったことが一度もない。それには本物のミュージシャンが必要になるだろう! それに私の仕事と家族は、仕事は別として作曲する時間をあまり残してくれないんだ。そっけなく答えれば、質問にはイエス、だ。自分の曲のアレンジのいくつかは面白いと感じてはいても、未だにうまくいったことがない。けれども、再アレンジに関するアイデアはあるよ。

Sorlie: 今日では、ファン・アレンジが大変ポピュラーなものになっています。ファンは明らかに題材としてあなたのお仕事に注意を向けるようになってきています。次のようなファン・アレンジはどうですか。

Song Link: http://remix.thasauce.net/songs/SkummelMaske_Asterix-PunksInEgypt_RTS.mp3 (現在はリンク切れ)

González: 自分の曲のリミックスを見つけるのは大好きだよ。殊にそれが想像もできないような仕方で作られているならね! 生楽器で演奏されたリミックスを聴くのは特に楽しい。

Sorlie: 最近、私たちは90年代初期NESミュージックを制作し、今日ではEurocomのディレクターを務めるNeil Baldwinにインタヴューを敢行しました。彼は自身の運営するウェブサイトでNESミュージックをリリースし、トラック一つ一つの作業に含まれた興味深いディティールについて語っています。このやり方に倣う考えをお持ちにはなったりしませんか、またゲーム・ミュージック・コンポーザー時代のことを扱うブログ・サイトをやってみてはどうでしょう。

Interview Link: http://www.originalsoundversion.com/?p=5559 翻訳記事
Website Link: http://dutycyclegenerator.com/

4

González: NESやGame BoyのNeil Baldwinの仕事は知っているよ。このマシンとあらゆる仕事で、今だに彼が何て格好良いことをしているのか、そして彼が注いでいる情熱に驚いている。彼もまた非常に才能あるコンポーザーだ。運が良いことに、何年か前にメールを数通やり取りしたことがある。

インターネットの黎明期、自分自身のウェブ・ページを作ることを計画したいけれど、一度も手が付けられなかった。そこに私の仕事のファンがたくさんいるなんて思ってもいない。そもそも自分が何者であるかは承知しているよ。それにゼロからウェブ・ページを作るのは悲しいし、ばつが悪い! でも必要があって、YouTubeチャンネルと自分の昔の作品と、あるいは将来新しいもの置くために、SoundCloudアカウントは作った。そこからだと私にはすぐ手が届くよ。

Sorlie: 映画的オーケストラを用いるという、ビデオ・ゲーム・ミュージックの最近の流れについて、また、様々な音楽やスポーツ・ゲームが音楽を一から制作するのとは対照的に、ライセンスされた音楽にどっさり頼っていることについてはどうお考えですか。今日では音楽の魔法が消え去ってしまったように感じていらっしゃいますか。

González: 並べて私はゲーム内のライセンスされた音楽というのが好きじゃない。当のゲームやシーンに合うなら問題ないだろうが、全てはそのゲーム次第だ、本当にね。オーケストラで演奏するために編曲されたサウンドトラックは好きだし、ある種のゲームにはそれが必要[it’s a must]であると思う。8bitサウンドがふんだんにミックスされたオーケストラ音楽も好きだ。

重要なのは、サウンドトラックがゲームにうまく合っていることで、幸いにも今日では色々なサウンド・スタイルでゲームを選ぶ機会がたくさんある。ある時私は、クラシックなゲーミングの真正性[authenticity]と魔法は、新しい動向で失われて行くだろうと考えていたが、もうそんな風には心配していない。というのが、インディ・コミュニティがそれをうまく生かしているからだ。

ともあれ、私は色んな種類色んな時期のゲームを遊び、楽しんでいる。でも新しい世代のゲームには血と暴力が少なくなることを望みたい。これには全く厭気がさしているんだ。

Sorlie: 今日ゲーム・ミュージック・コンポーザーを志望する人たちに向けて、ビデオ・ゲーム業界で働くことの目指し方について、アドバイスはありますか。

González: 答えるには難しい質問だ。私が出発してから、状況はずいぶんと変わってきているし、私自身の経験もアドバイスとして役に立たない。でも、仮に私がミュージシャンを雇うとしたら、彼はあらゆる種類の音楽をやってのけるが、特殊な独創性の感触も備えている人物ということになるだろう。ゲームとは新しい経験を創造することで、サウンドはその内の重要な要素だ。

ゲーム・ディレクターが厳密に求めているゲーム内のサウンドを理解するだけでなく、同時に非常に能率的な作業手段が必須になる。一つのゲームでは全てのアート[技術]がうまくまとまらなければいけない。

Sorlie: いつかさらにゲーム・ミュージックのお仕事に戻る考え[interest]は御有りですか。ここ数年、多くのクラシック・ゲーム・コンポーザーが復帰し、新しいコンソールで音楽を手掛けてきています。批評[critics]に敏感な人もいるに違いない。ここで言っているのは、もちろん建設的な批評のことだ。

González: 最近、私たちが手掛けた”Music On”シリーズ[DSiウェアで発売されている「楽々」シリーズ]でいくつか音楽作品を作ったばかりだ。とても楽しかったよ! でもあなたは大きなタイトルのコンプリート・サウンドトラックのことを言っているんだろうね。

何とも言えないが、全てはプロジェクト次第だ。違ったことができることには満足しているけれど、例の追い込みなしに、作曲に充実した時間を費やすことができなくなって残念だ。もちろん、チャンスがあればコンプリート・サウンドトラックを制作するつもりだよ。悲しいのは、現在私はかつてなく音楽機器を所有しているんだが、新たなことを学んで、腐らせないようにするために、あまり使えないことだ。

Sorlie: 本当にありがとうございます。このインタヴューは私にとって大変名誉なことでした。大人になる時傍にあった、あなたが担当された全ての素晴らしい音楽に、個人的に感謝の言葉を述べさせて下さい。ファンに向けて言っておきたいことは何かありますか。

González: 素晴らしいインタヴューと素敵なコメントをどうもありがとう。そこにいる二、三人のファンに向かって、あなたたちのサポートにはとても感謝しているよ、とだけ言いたい。ごきげんよう!

Pictures above courtesy of Alberto José González Pedraza.
Copyright © by Audun Sorlie. All rights reserved.

1 Comment

Filed under gameboy, interview, snes, spectrum, translation

One response to “Interview with Alberto González (Joe McAlby) by Audun Sorlie

  1. Pingback: test131029 | 名称未設定

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s