Interview with Neil Baldwin by Audun Sorlie

2009年、ゲーム音楽情報発信サイト「Original Sound Version」に掲載された、Audun SorlieによるUKのビデオゲーム・コンポーザー、Neil Badwinのインタヴューの翻訳です。

ファミコンの時代、私たちは各メーカーのソフトウェアを通じて、幾人もの素晴らしい音楽家のサウンドトラックを耳にしてきましたが、西洋において、1982年から少々遅れて「NES」として発売された同じコンソールにおいても、ゲーム・コンポーザー/サウンド・プログラマ(当時は二つの役割の兼任もめずらしいことではありませんでした)がこの8-bitマシンに向かって、同じように、あるいは別様に格闘を繰り返してきたことについては、あまり知られていません。Neil Baldwinはインタヴュアーが本文で充分に評価しているように、その先駆者といってよいコンポーザー/オーディオ・プログラマです。

彼は「チップチューン」の興隆にともない、その作品が再度注目を集める好運に恵まれました。それだけでなく、Nijuu、NTRQ、PR8、Pulsarといった、NES用の「新たな」音楽ツールという開発という、自身のキャリアをフルに活かしたプロジェクトを始動し、NES developmentの第一線に再び立つことになりました。これらのプロジェクトは形をかえつつ2013年現在も進行中です。

Duty Cyle Generator – NES Music by Neil Baldwin
Neil Baldwin’s NES Audio Tools
blog – NTRQ: NES Tracker
Sound Cloud

本インタヴューは綿密な調査に基づいた、NESでの事績を中心としたNeil Baldwinの優れたイントロダクションであるのみならず、C64シーンとの関連も含めた(彼もまた、LaxityのようにRob Hubbardのミュージック・コードのハッキングに挑んだ一人でした)、西洋のNESでのゲーム開発事情の貴重な証言をいくつも含んでいることから、遊び手・開発者の側を問わず、ファミコンに携わったことのある多くの方たちにとって、非常に読み応えのある多面的な記事になっています。

公開にあたりAudun SorlieとJustin Pfeifferの両氏にご配慮いただきました。記して感謝します。

なお、訳者註は本文中の括弧([])内に記しました。

訳者より

Musical Awesomeness Generator: Neil Baldwin Interview by Audun Sorlie

osvneil

Neill Baldwinという名をただちに思い出せるのなら、あなたがNESミュージックの大ファンであることを意味していよう。とはいっても、彼について伝えられていることは少ないので、手短に紹介してみよう。Neil Baldwinは素晴らしい人物である。この理由であるが、彼が当時、NESでの作業に真に心と魂を吹き込み、そのシステムのオーディオ・チップの諸々の制約を最大限にまで押し広げ、関わったすべてのゲームにおいて素晴らしい楽曲を作った、数少ない西洋のコンポーザーの一人だったということによる。彼はEurocomの創設者の一人であり、彼らとともに、長きに亘って、しばしば映画を原作とした多くのタイトルで、作曲と開発に携わった。Eurocomは現在も邁進中であり、最近では[2009年当時]WiiでDead Space: Extractionをリリースしたばかりである。

Baldwinは親切にも十分に時間をかけて、彼の過去、現在、将来の作品について私たちに話してくれ、またC64、SNES、N64における彼の作品だけでなく、そのシステムの絶頂期、NESを扱う仕事がいかに挑戦的で、またその上に素晴らしいかを私たちに教えてくれた。

では時間を遡って、Neil Baldwinの驚異的なNES開発[development]の世界を覗き込んでみよう!

Sorlie: Baldwinさん、本日はあなたとお話する機会を持てて大変恐縮です。ご機嫌いかがですか。

Neil: そんな風にいってくれてどうも。僕も本当に感謝しているよ。色んなことに、仕事や身の回りのことで今手一杯さ。クリスマス休暇を心待ちにしているけれど、家から数日離れた後は結局退屈しているんだろうな、ということも承知している。実をいえば、休暇は私の我慢強い連れ合いに充てなければいけないんだ――昨年彼女を放りっぱなしにしておいたことに信じられないほど苛まれつづけていてね。幸いにも彼女は忍耐強く、理解のある人だ。私は幸運な男だよ。

Sorlie: 子供時代のことや、お育ちになった場所について少しお話いただけないでしょうか。子供の時から、音楽のことに意欲的[musically active]だったのでしょうか。

Neil:.私はイングランド北西部の、労働者階級の家庭出身だ。親は二人とも音楽好きだったけれど、主には父の方がそうだった。彼は二、三、60年代のあまり世には知られていないバンドでギタリスト/シンガーをやっていた(車からギターが盗まれてしまう前に、彼らのキャリアはほとんど終わっていた)。父がギターの弾き方を教えてくれた。弾き始めたのは11歳のころじゃなかったかと思う。後になって初めてギターとアンプを手に入れて、The ShadowsやBurt WheedonやThe Beatlesのようなバンドの曲を覚えた。父と一緒に演奏したことを思い出すし、今でも時折、The Shadowsの曲を演奏するのは好きだ。今も父が演奏をすると、相変わらず歌をうまく捉えるためのなんて良い耳を持っているのかと、驚いてしまう。彼から私はそのようなことも学んだ。フォーマルな音楽的トレーニングや授業は一切受けたことがない。

Sorlie: あなたの青春時代の一部分となっているゲームやコンピュータはどれ位ありますか。

Neil: C64の時代がやって来るまで、TVの前に座って、ゲームを遊ぶことにあまり時間を費やすことはなかった。私は正真正銘のアウトドア・キッドだった。大抵の人と同様、Atari VCS[1977年にAtariから発売されたビデオゲーム専用コンソール、Atari 2600を指す。VCSはVideogame Computer Systemの略称]は持っていたのだけど、そもそもC64を手にしたことは一度もなかった。けれど、二、三人の友人は持っていた。時々、C64でゲームを遊んだものだ。そんなところだね。その後で私は(数え切れないほどの他のものと一緒に)Rob Hubbardの音楽を発見した。それが決定的に私を変えてしまった[I was changed forever]。何度も何度も親にC64をねだった。友人の中の誰も、私が彼らのコンピュータでBASICプログラムを打ち込み、サウンド・エフェクトを鳴らすことを評価してくれなかったからだ。やがてC64を手に入れた。それこそが本当に全ての出発地点になったんだ。

やはり子供時代の一番の思い出は、学校のコンピュータの授業で先生が私に向かってこう叫んだことだね。「Baldwin! 君がコンピュータ業界で職を得ることは絶対にないだろう。君からはテクノロジーに対する尊敬というものが感じられない!」ことの顛末は、私がCommodore PETからフロッピー・ドライブを切り離して、別のPETにつないでいたことにある。私たちはそうして先生が教室にいない間ゲームを遊ぶことができたんだ! 当然のことながら、大抵の場合落第点をとった。もしかしたら、彼のほうが正しかったのかもしれないね。

Sorlie: ハハ! あなたはC64のShadow Skimmerというゲームでもって、ゲーム・ミュージックのキャリアを開始されたと存じております。お仕事で扱っていたC64とは音楽的にいって、どういったものでしたか。

Neil: 千の職業を生み出したマシンさ! これがミュージシャンのコンピュータであることを知るためには、コンポーザーたちがC64で為した驚異的な作品を見てみるだけで良い。C64での私の最初の作曲経験は、Electrosoundと呼ばれるソフトウェアを使ってなされた[右記URL参照。http://c64-music.blogspot.jp/2009/06/electrosound.html]。Electrosoundはかなり制約が多かったのだけど、私はそこから実際にRob Hubbardの音楽のコード(私がハックしたのは”Phantoms of the Asteroid”ではなかったかと思う)を利用して二、三、曲を書くところまで進歩した。彼の曲がいかに動作しているのか、ということについての理解が私を駆り立て、自分自身のミュージック・ルーチンを書くことになった。当時はとても未熟だったし、Rob HubbardやMartin Galwayがやっていたことをただ単に真似しようとしていただけだった(失敗したが!)。ほとんどの人たちがまさしくそうやって出発したのだと、私は思う。私はプログラマではないが、何とか通用するには十分なスキルをただ持っていたというだけのことさ。

その通り、Shadow Skimmerは私のC64における(数少ない作品のうちの)最初のコマーシャル・プロジェクトだった。一緒に二、三のデモを作ったMat(Mat & Psy)[Baldwinの在籍したC64デモ・グループBorderzone Dezign Teamの他のメンバー、MatとPsy the Hero]から得た怪我の功名だ。私の音楽はすべて、アセンブラとテキスト・ファイルを用いた昔ながらのやり方で[in the old-school way]作曲されたものだ。今でもなおこのメンタリティを私は捨て切れていない!

Sorlie: C64の作品では、クレジットに「Demon」という匿名を用いられていましたね。このニックネームの裏には何か明確な影響があったのでしょうか。

Neil: 最近もある人物が私にこのことを尋ねてきた。このアイデアだが、私が読んでいたFearという名のホラー映画雑誌に由来しているのではなかっただろうか、というのが本当に考えられる唯一のことだ。実際のところは、その響きが格好良いと思っていただけのことなんだろう。他の誰しもそんな風なニックネームを使っていたんだ……。

Sorlie: 何と! Fearといういと、私の兄もその雑誌を講読していたことを思い出しました! 当時、Rob HubbardやJeroen Telといった他のC64コンポーザーの仕事はどの位追いかけていましたか。 あの時は多くのデモシーン・アーティストとコンポーザーがフロッピー・トレーディング[クラックしたゲームの取引を示唆している]やミュージック・コレクション・ソフトウェアのコンパイル[商用ゲームソフトから音楽のみを抜き出し=リップして、一つのプログラムまたは一枚のディスクにまとめることを指す。それらのリリースには多くの場合、専用のフロントエンドが備わっている。いわば非公式の「ミュージック・テスト」の制作に近い行為]に夢中になっていました。C64ミュージック・シーンにおいて発展の頂点に居続けることが困難であると分かったのでしょうか。

Neil: 他のみんなと同じだったよ――RobやMartin Galwayの参加した新作の興奮を今でも思い出せる。私にとって、彼らの音楽作品は、それらのために作曲された当のゲームを超越していた。ゲームの出来は悪かった(ええと、全部が、ということではないよ)けれど、一体どうやってRobやMartinはあるがままに音を作り出しているのだろうかという謎[the mystery]こそが、ゲーム以上にずっと魅惑的だった。ゲームにハリウッドのコンポーザーや100人編成のオーケストラを使ったりしていて、近頃私たちはそのような謎を失ってきているのではないかと私は思う。作品そのもの[The writing]は優れているよ、でも最近はゲームでの(音楽における)サウンド・デザインの魔法は稀少なものになっている。私はC64の時代からずっとTelの大ファンでもあるんだ[Jeroen TelはC64でキャリアを開始したミュージック・グループ、Maniacs of Noiseのメンバー]。

Sorlie: C64用のゲームに取り組んでいらっしゃった時、そのために就職するための手順、そしてデベロッパーの望みを踏まえた音楽制作工程はどのようなものでしたか。ゲームにふさわしいとあなたが感じたことは何であれやっていける、完全な自由裁量[free rein *原文ではfree reign]を多かれ少なかれお持ちでしたか。それとも具体的なテーマを生みだす[inspire]ために、ゲーム・プレイヤゲーム中の諸要素について知らされていたのでしょうか。

Neil: 実のところをいうと、私のC64でのキャリアは始まって間もなくして止まってしまった。Maniacs of Noiseに参加するに「ふさわしい」と注目され始めた時、厳密にいえば私はメンバーの一人だったが、それはEurocomを立ち上げるために家を出る前のおよそ一週間だった。それゆえC64で彼らのためにプロジェクトを実行することは一度も適わなかった。

Sorlie: それでは1988年に戻って、Ian Sneap、Mat Sneap、Tim Rogers、Hugh Binnsという、Eurocom Entertainment Softwareを結成したメンバーのなかで、あなたはどこに居ましたか。この時代、開発チームを起こすことはどうでしたか。たとえば任天堂のような会社による許諾手続きはどういったものでしたか。またEurocom起業・設立におけるあなたの役割は何でしたか。

Neil: それはおそろしいのと同じ位刺激的だった。私たちは実際にはただのガキで、実際の事業の立ち上げと経営の手続きの多くはMat Sneapの父、Ianが引き受けた。C64シーンを通して私たちは皆お互いにそれが大きなデモを作るようなものだと承知していた。ところが私たちは個別の寝室ではなく、一つのオフィスに全員座っていた。Ian Sneapは日本の電気会社に居る有力な知人を通じて、私たちに働く機会を得させた。だから任天堂から公式デベロッパーになるための許諾獲得に巻き込まれると、実際のところ訳が分からなかった。自分の役割はただ単にプログラムし、サウンドを作ることだった。C64でプログラムしたものを改作すると、Tim Rogersがうまく調整した。そのようにして彼の精神は動いているためだ。私はプログラミングについてTimから多くを学んだ。彼は礼儀正しい天才タイプの人物だ。今でもなお彼はC言語や作品のことで、手助けしてくれる。

Sorlie: EurocomのNESにおける第一作はMagicianでした。あなたはNESでの開発のきちんとした知識もなく本作が開発されたことをウェブサイトに詳述しておられます。開発用のハードウェアもなく、あるのはパブリッシャー(TAXAN)によって与えられた六台のファミコンと全て日本語で書かれた開発マニュアルだけだったという! 地方の大学に在籍する二人の日本人の女の子の手を借り、そして深い感銘を与える決心でもって、このゲームの開発を遣り果せました。私の質問なのですが、その日本人の女の子は魅力的[hot]でしたか。

Neil: 素晴らしい質問だ。君は日本人の女学生に会ったことがあるのかな。私が困ってしまう前に次の質問にいっていいかな。

Sorlie: さて、Eurocomは最初のNESゲームの開発をすることになります。あなたの持てる力[resources]全てが、あなた自身にとって、またチーム・メンバーにとって新しいものです。NES/ファミコンでの音楽開発の最初の時はどういったものでしたか。またあなたはこのゲームでの作業に役立てるため、C64で開発したオーディオ・ドライバを用いたことをサイトで述べていますね。これはどのように成し遂げられたのでしょうか。

Neil: 技術的に最も難しい面は、ROMベースの媒体に求められる異なったアプローチで処理が行われていたと思う。C64では行うことのできたこれらの自己書換コードのトリック全てが、全く不可能だった。前述したように、私たちにはまたきちんとした技術的情報も欠けていたので、試行錯誤の繰り返しだった。私がC64ドライバを利用したというのは実は正確ではなくて、そのNESドライバは、明らかに私(そして他の多くの人が)がかつて用いていたのと同じトークン/シーケンス/トラック・フォーマットを模範としていた。それはおそらくRob Hubbardによって発明されたものだ。

Sorlie: Magicianの音楽は素晴らしくて、今日でもなおNESファンによって思い出されることのある作品です。また、MagicianはNESゲーム用に作曲された最長の楽曲の一つを含んでいます。今日、このゲームでなさった作業についてどのように感じていらっしゃいますか。

Neil: うん、思い出してくれているなら、それこそがある種の称賛だよ! 大勢の人がこの作品のファンであるということに、私は感動を覚える。思い返すに、その作品は私にとってはこぢんまりとしていて、不器用に見える。でも当時の想い出はとても気に入っている。曲のいくつか(なかでも最長のもの)を書いた時を鮮やかに回想してみることができる。 良い時代だった。

Sorlie: あなたが次に関わったのは、James Bond Jr.といって、私も学校に行く前に見ていたカートゥーンが原作のゲームです。ライセンスされた製品だということで、音楽のことで課せられた制約は何かありましたか。

Neil: 仮にあったのだとしても、私はそれらに気づかなかったことだろう。確かなのは、トラックを聴くことで、望んだものは何であれやれるような印象をあなたは抱いたということだ。そうじゃないのかい。おそらくそれは私に共通する「過ち」の一つだ――私は実際のゲームの主題/アクションに関する不正確なアイデアだけをもとに、格好良いと自分が感じた曲を書いていただけだった。

Sorlie: James Bond Jr.はNESにしては印象的なヴィブラートのやり方[work]をしています。あなたはサウンド・チップを新しい場所へと押しやり、技術的な制約に挑むことを好んだ人物の一人であるように思います。概して言えばNESサウンド・チップが、ハードウェアの中で欲求不満を抱かせる部分[frustrating piece of hardware]だとあなたはわかったのでしょうか。

Neil: どうも! 自分の曲のほとんどは面白い音を使うことで始まり、その音をめぐって一つのトラックを組み立てようとすることで書かれている。私はフォーマルなトレーニングというものを積んでいない(今になっても、未だに全く楽譜が読めないんだ!)。だから私にとって、これが最も自然なやり方だった。伝統的なコンポーザーがするように、座り込んで曲の構想を練るということは一度もしたことがなかった。このような視点から、私は一貫してオーディオ・プログラミングの側で無駄な時間を過ごしつつ、異質なNESサウンドを作る新たな方法を生みだそうとしていた(C64のようなサウンドを作ろうとすることが真実に近づいているのかもしれないと言う人もいる)。NESは作業をするには欲求不満が募った。それは奇妙な設計部品だが、チップミュージック・コンポーザーであることの重要な部分として、わずかにマゾヒスティックであることが要求される――挑戦こそ楽しみの重要な要素だ。

Sorlie: あなたはNESキャリアおいて早くもその音楽作品において、たちどころに名を知られることになりました。しかしまたゲーム開発となると、ゲーム・デザイン、コーディング、テスト、ゲーム開発時のほとんどその他全てのことに、あなたの手は及びました。音楽制作を別とすると、あなたは開発の際には何を最も楽しく感じましたか。

Neil: 正直にいえば、一つの必要な娯楽として理解しているオーディオを私から取り去ってしまうと何も残らない。トイレに水を流すようにね。けれどもErik The Vikingでトリガー処理とスクリプト記述の手伝いをした良い想い出を持っている。Tim Rogersがスクリプト・システムを発明し、プログラムしていた時、私は彼と一緒に働いていた。このゲームは私にプログラミングとマクロ言語の制作に関する多くを教えてくれた。それは代数学を学ぶことに少し似ている。けれども当時は楽しかったんだ。

Sorlie: NESでは他にも数作品を手掛けておられます。Lethal WeaponFerrari Grand Prix ChallengeDrop Zone、そしてあなたのNESでの最後のプロジェクトがDisney’s Jungle Bookです。本作は16-bit版[counterpart]の端的なポートで、初めてあなたは他の誰かのスコアの書き写し[transcribing]を担当されました。この経験はどんな感じでしたか。

Neil: それは私の気に入っているプロジェクトの一つだ。途轍もなく楽しかった。本作の昔の歌は素晴らしい。ただもう実に良く出来た作曲[writing]だ。それまで一度も書き写しをしたことがなかったので、私にとってそれは一つの挑戦だった。私はシート・ミュージックとフィルム録音の断片の組み合わせに取り組んだ。原曲に手を入れる[rework]ために、まずテーマのかなり多数を選び抜くことから着手したが、時間その他が非常に限られていたので、その多くはお流れになった。少なくともフィルムからよりイコニックな曲になるようにした――公平に取り扱った[十分で完全な評価を示した]と私は願う。全てのアルペジオ作品、とりわけ”The Bare Necessities”が自慢だった。私のオーディオ・ドライバはインストゥルメント定義を持つことで動作しているので、コード別に分かれた[separate]インストゥルメントのみならず、ダウンストロークとアップストローク用のインストゥルメントも用意しなければいけなかった。それを全てまとめるのは悪夢のようだったが、結果には満足した。おそらく誰一人気づいてさえいないことの一つだ、ハハ!

Sorlie: 最近になるまで、あまり注目を集めることがなかったあなたのNESプロジェクトの一つに、Hero Questがあります。90年代初期、少しの間フリーランスだった時のプロジェクトです。Hero Questは実際にはキャンセルされ、数年前ROMファイルがオンラインでリリースされるや直ちに、その音楽はファンのお気に入りのところとなりました。実際にはリリースされなかったゲームに関して、突如としてフィードバックを得たことに驚きましたか。

Neil: 本当に驚いたよ! 私の関わったNESゲームのほとんどは全く人目につかなかったが、近頃では、誰かが遅かれ早かれそれらを偶然見つけ出すだろうと、あなたのような人が予期している。とはいえ、Hero Questがリリースされることはけしてなかったから、誰一人その存在を確認していないというのは、想像するに余りあることだ。今日と比べるときっと間違いなく、当時の私たちの間ではほとんど交流がなかったことは、先ほど述べた。だから皆が多年に亘る私の音楽について議論していることを唐突に発見したことは驚きだった。とりわけ人々が、自分たちの作品が私のゲームの多大なる影響下にあると述べるのを耳にする時――これは私を微笑ませるものだ。というのもその曲を書いた時、おそらく彼らよりも若かっただろうから! エゴイスティックな意味でこんなことを言っているんじゃないよ。とても誇りに思うし、心の底から温かな気持ちになる。

Sorlie: あなたはご自身のウェブサイトで、別のリリースされなかったNESゲーム、Erik The Vikingのサウンドトラックもリリースされました。本作はTerry Jonesの書籍と映画化された作品が原作のゲームでした[日本でも映画『エリック・ザ・バイキング/バルハラへの航海』が1989年公開]。あなたはこのゲームのバイナリ・ファイルを所収されていて、音楽のリリースをやってのけました。これらのゲームが当時キャンセルされた時、いずれはどうにかして音楽がリリースされるという思いが、心の内につねにありましたか。

Neil: そういう思いは全くなかった。主な理由としては、私の知る限りでは、誰もそれを聴いていなかったからだ。それはあくまで私がリリースしたコミュニティのためのものだ。そうでなければアーカイヴに場所を得ることはありえなかったし、人目につくことなく、その作品からアイデアをこっそり取り入れつづけることは不可能だった、ハッハッハ。この作品の音楽は、私がNESで手がけたもののなかでも最良であるとつねに感じていた。コミュニティの情熱のために、私はどちらかと言えばその音楽が彼らのものであると感じていたから、本作を最高だと称賛する人たちに聞かれるべきだ。

Sorlie: それだけでなくNESからGeme Boyへの移植も数作品あなたはは手掛けておられます。Game Boyでの作業はNESと多かれ少なかれ同じものでしたか。

Neil: ええと、私たちはただ単にゲームボーイにオーディオ・ドライバを「ポート」しただけで、実をいえばそこに注ぎ込まれた多大なる努力なんていうものはない。エンヴェロープのクリック音問題――どうも人々がその後、乗り越え方を編みだしたらしい何か――もあることから、作業するにはそれがひどいものであることを私は発見した。私たちはNESから持ってきた皆ほとんど同じ音楽と、SFXデータを用いていた。Game Boy用に特別な何かを作る時間がなかっただけなんだ――携帯プラットフォームがEurocomの作品の震源地となることはけしてなかった。だからオーディオに向けられた力と努力は先例に従った。

Sorlie:NESで他のコンポーザーの手になる個人的なお気に入り曲などありますか。あなたに投げかけてみたい名前があります。たとえばTim Folllinの作品についてはどのような考えをお持ちでしょうか。

Neil: 奇妙なことだが、ほんの最近までTimのNESでの仕事については一度も耳にしたことがなかった。彼のC64とSNESでの音楽は注意を払っていた。NESの曲も失望させないものだ。彼は本当に才能あるコンポーザーだ。彼のNES作品はダイナミック・レンジが広いのが、全く尋常ではないと私が考えるものだ。それが彼のサウンドを非常にユニークなものにしている。あの当時、私は同業界の繋がりからJeroen Telの作品は(すぐにそれとわかる日本人のコンポーザーは別として)本当に注意深く追っていた。

もっと現代のNESコンポーザーについて述べるとするなら、リストを作るには多すぎる。たくさんの人たちが本当に驚くべきことをしている。私が人々の一覧表を作るのは公平ではないし、除外した人たちの感情を損なう恐れがあるだろう。

Sorlie: あなたはSNESにおいても音楽に取り組まれていました。Brutal: Paws of Furyでは移植作業を、ヨーロッパ限定で発売されたDino Dini’s Soccerでもいくらか作業をされています。SNESでの作業で覚えていらっしゃることを何か教えていだけませんか。どうしてSNES用の音楽に関わるプロジェクトはほとんどしてこなかったのでしょうか。時間がなかったのでしょうか、それともただ単にそのシステムの技術面にあまり関心を抱けなかったのでしょうか。

Neil: EurocomがSNESで作業をしていた期間、私は時間のほとんどをオーディオ・コードの記述に費やしていた。サンプルベースで、専用のオーディオ・プロセッサを積んでいたSNESは、取り組むには本当に素晴らしいものだった。私はSNES用に完全なMIDIベースのオーディオ・システムをプログラムした。その時は別のコンポーザー(Steve Duckworth)も雇っていて、本当に想像的な期間の始まりをしるしづけていた――彼はずっと早熟で才能のあるコンポーザーだった。彼が望んだように動作するオーディオ・ドライバを私は作ろうとしていた。あなたが正確にも言い当ててくれたように、その間、私はほんの少ししか音楽を書かなかった。

Sorlie: さて、あなたはDuke Nukem 64のような作品で、Nintendo 64でもオーディオ・ドライバを手掛けていらっしゃいますね。そこでは、私も思い出せますが、Maul Mallardで素晴らしい仕事をした前述のSteve Duckworthと共にお仕事をされています。N64は開発を行うことが大変難しく、音楽もとばっちりを喰らっていたと過去に多くの人たちが述べてきています。Nintendo 64での作業はどうでしたか。

Neil: .実のところ、私はN64ではオーディオ・プログラミングをしていないんだ。N64での開発は悪夢のようだったから、遂にはいつでも購入可能な二つのオーディオ・ソリューションを用いることになった。一番初めに購入したのはSoftware Creationsのもので、その後に購入したのはFactor 5のツール(Musix)だったと思う。Duke Nukem: Zero Hourでも私は音楽を担当したよ。このプロジェクトは大いに気に入っていたんだけど、これらのツールでは使用すべきではなかったと思うことを私は企んでいた。MIDIインストゥルメントを制作するのとは対照的に、私は曲を録音し、それからそれを、ループし、重ね合わせられるよう細かく切り刻んだ。再生時間の調整がそれはもう酷いもので、それらは結局は全く塊だらけの、時間調整がやさしいものに落ち着いた。

osvneil2[Neilが音楽を制作してきた多くのゲームの一部]

Sorlie: N64の時代、あなたは007ジェームズ・ボンドのフランチャイズにも携わるようにもなりました。The World is not Enoughのオーディオ・ワークを皮切りに、遂には007: Nightfreのリード・オーディオ・チーフを務めました。007と同じ位有名なフランチャイズに取り組むのはどうでしたか。

Neil: そう、TWINEは私が音楽制作を行った最後のプロジェクトだ。あのようなゲームを形作るのは大好きだったが、土壇場で音楽を変更しなければならなくなり、映画音楽や「ボンドのテーマ」に由来する識別可能な旋律の主題に関する要素への、いかなる言及も取り除かなければならなくなった。このことは私に苦味を残したが、今でもこのプロジェクトを手がけたことを誇りに思っている。Nightfireでは、同様の問題はなかった。Nightfireでは私たちは全く野心的で、完全にインタラクティヴなミュージック・システムを提案した。音楽はいくつかの「ステイト」に分割することができて、一定の外在的なトリガーが、再生システム内におけるループ地点の制作の決定に作用する。それが動作した時は驚いたが、音楽の作者が、本当にそれを完全に利用しないシステムに合わせるのはべらぼうに時間がかかった。

Sorlie: 過去作品のレポートを詳らかにしたり、ファンとのQ&Aのセッション・ライブにさえ参加したり、昨年あなたは生まれつきの大らかさと親切のおかげで、ゲーム・ミュージック・コミュニティにおいて非常によく知られるようになりました。初めて自分の名前が様々な場所で言及されているのを、またファンがあなたの作品を絶賛しているのを見た時、一番最初に抱いた思いはどういったものでしたか。

Neil: ただもう本当に驚くばかりだった。そのコミュニティの幅の広さも深さも全然分からなかったし、そのコミュニティの有力な要素としてみなされるために、同じサークルの中では、私が本当に称賛する作品に携わる人たちの一部分として言及されており、本当に浮き立ってしまう。 私は今でも時々自分をつねってみなければいけない。人々からたくさんの驚くべきemailが届く。その内の一通には実際に感動して涙を流してしまった。その手紙の中で男性は彼の少年時代について、また私がいかに当時仕事のはけ口を求めてもがくMIDIコンポーザーだった彼の父親に多大なる影響を与えたかを教えてくれた。自分の音楽が誰かに刺激を与えることをずっと考えていた私の野蛮極まりない夢には存在しない、まさしく個人的な経験だ。

Sorlie: あなたが参加したことのある特権的な一つのコミュニティが、チップチューン・コミュニティです。それはあなたの経験を考慮に入れる時、明らかにぴったりのものです。コミュニティやコミュニティのアーティストの創作行為についてはどう思いますか。

Neil: NESコミュニティは素晴らしいよ。本当に親切な人が多く、有益で、熱狂的で、皆が持っている私の音楽に関する詳細な知識量に、時々おそろしくなる。全く新しい友人を幾人か持てたし、もっと多くの時間、NESに関われたら良いなと心底願っている。

最近チップチューン・ギグ(Goto80と他数名の出演)に足を運んだのだが、すっかり打ちのめされてしまったよ! 実際この眼で見なかったら、私はそれがコミュニティの一面であると、とてもではないが信じられなかっただろう。君は私がそんな風にパフォーマンスをするだろうと見ているのだろうが、その考えはない。だが来年実現するだろう私の頭の中の少しばかりのアイデアが確実にスパークした。

Sorlie: Wizwarzでよく知られているKevin Haggeの努力もあって、あなたは最近リリースされたチップチューン・コンピレーションの楽曲提供者の一人になっています。コンピレーション・プロジェクトに参加することは楽しかったですか。また、いずれはあなた自身のチップチューン・リリースを出すご予定はありますか。

Neil: うん、トラックを提供できたことはとても嬉しかったし、Kevinから申し出があると舞い上がっていた。特に最終参加アーティスト一覧を見た時はね――そこには本当に凄い大物もいるし、その中に身を落ち着かせてもらえるのは大変な名誉だ。最初は新トラックを提供したかったのだけど、残念ながら時間が足りなかった。時間があるなら是非とも、もう一度やってみたい。

チップチューン・リリースに関していうならば、わからない。私の時間と注意は本当に多くのことに割かれているし、アルバムを出すのなら、私がシーンを再発見している限りは、まず無理だろう。口に出したことも、考えたこともない[Never say never thought *原文ではthough]。

Sorlie: あなたの注意を惹いてきた特定のチップチューン・アーティストはいますか。私の個人的なフェイバリットは、Norrin Raddです。あなたは過去に彼と会話を交わしたことがあると思うのですが。

Neil: たくさんね! 先に述べたとおり、私がリストを作るのは間違っているのではないかと思う。私を驚かせるのはその多様性だ。デス・メタルからミニマル/グリッチ、ジャズまで! 全ては二十数年の8-bitビデオゲーム・システムから。素晴らしいじゃないか!

Sorlie: あなたはNijuuという名のNESベースのご自身のトラッカーをコードしました。このソフトウェアを開発しようというあなたの着想とは何でしたか。またどのようなものなのでしょうか。

Neil: そこを去ってから20年になって、NESで再びプログラミングをするのが良いアイデアだろうと私に考えさせたのが何なのか、正直なところわからない。その本来の住家、すなわちNESゲームの外側にあるNESミュージックについては考えたことがない。だから人々が楽しみと純粋な音楽的芸術的理由からNESミュージックを作っていることを発見した時は、自分の中の好奇心が誘われた。私はよくある「トラッカー」プログラムを避けることにした。主な理由としては、使用するには居心地良いと感じたことがなかったフォーマットだったからだ。私のコンパスは私を一時戯れに使っていたMMLに導いた。MMLの利点を確認することができたのと同時に、昔のNESドライバにあった機能に向けられた願望を私の中に残した。それから私はコンポーザーの見地に立った(すなわち、RAM/CPUに関する制限なく)純粋なNES用オーディオ・システムを書かなければいけなくなった時、自分がすべきことについて考えるようになった。その時はたくさんのアイデアと、少しばかり引っ掻かれる必要のあった広範囲の痒みの発症があった。

高速なコンピュータと実によく出来たエミュレータを私たちが所有する現在、NES用のコードを書くのは何て素早く、簡単にできるのだろうかと驚いた。だからプロジェクトをうまく開始するのと実作業に全く時間がかからない。それからというもの、NESコーディングが強迫観念になったんだ、ハハ!

それは私の昔のNESコードとたくさんのアーキテクチュア上のアイデアを共有しているが、ゼロから書き直し、改善されている。まだたくさんの新しいエフェクトと合成テクニックを加えている。最も知られているのは、ウェブサイトでデモを見せたシングル・ボイス・エコーではないだろうか。

それはトラッカーというより、MMLに近い。テキスト・ファイルにノート/コマンドをタイプ(あるいはコピー・アンド・ペースト)して、コマンドライン・ツール使ってコンパイルをする必要もある。Nijuuに私はかかりきりになっている。近々ウェブサイトでリリースする予定だ。既に数人が手にしているが、彼らのフィードバックは概して良好だ。けれど私の腕がくたばってしまいそうな程長いバグ・リストがあるんだ! けれども私はまた少しばかり横道に逸れている。近日アップデートを行ったらすぐにウェブサイトで私はそのことについて話したいと思っている[NES用トラッカー、NTRQのことだと思われる]。

Sorlie: 最後になりますが、Neil Baldwinからは将来私たちは何を見ることを期待できますか。近日公開予定の[on coming up]取り込み中のゲーム・スコアそして/あるいは心待ちにすることができるオリジナル・プロジェクトは何かありますか。

Neil: .直近の一番大きな出来事は、Nijuuのきちんとしたリリースになるだろう。Nijuuのために専用のウェブサイトを立ち上げようと思っているが、まだ決めていない。また私は再び、C64界隈も遊びまわっている。近い将来には、何らかのアウトプットがあるだろう。けれども今回は(ほとんどの場合)プログラミングから離れてしまっている。今のところ、私は連れ合いのショート・フィルムのためにスコアを書いている。来年のいつか、リリースされる手筈だ。

また私はチップチューン・ナイトを開催する可能性について、地域芸術センターと話を始めている――まだ何日も経っていないが、もう少し煮詰まってきたなら、詳しく話そう。

Sorlie: 大変ありがとうございます。あなたとこのような機会を持てたことは私にとって本当に光栄なことです。直近の来るべき開発計画[upcoming developments]について教えていただけないでしょうか。昔からの、そして新しいファンに向けて伝えておきたいことはありますか。

Neil: ありがとう。本当に嬉しいよ。最近はウェブサイトをさぼっていているけれど、近々更新するつもりだ。約束するよ。

Baldwinの過去作と今後のプロジェクトに関する詳細を知るには、彼のウェブサイトDuty Cycle Generatorをチェックしてみて下さい。多忙なスケジュールにもかかわらず、私たちとの会話に時間を割いて下さったNeilにOSVは感謝いたします。また、インタヴューで触れられたチップチューン・コンピレーションA Chip Off The Shizz BlockでNeilのトラックを聞くことができます。

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